午前中は特筆すべきことは何も起こらなかったが、昼休みになり三年E組では少し周りがざわついた。先日達也と話し合いをした十三束が、難しい顔で達也に近づこうとしてそのまま離れていくのを見て、また何かあるんじゃないかと勝手に盛り上がったのだ。
「達也さん、今日は一緒に食堂に行けますよね?」
「特に予定は無いが、俺がいなくても問題無いだろ?」
「いえ……深雪さんとエリカちゃんの機嫌が少し悪くなったり、レオくんや吉田君がエリカちゃんに叩かれる回数が増えたりと、ちょっとした問題があるので……」
「柴田さんって吉田君と付き合ってるんでしょ? 何で西城君は名前で、吉田君は苗字なの?」
「平河さんっ!? べ、別に深い意味は無いですよ?」
「ふ~ん……もしかして、二人きりの時しか名前で呼んでないとか?」
年相応に他人のコイバナが気になる千秋が、美月に追及するが、それを達也が阻んだ。
「それくらいにしておけ。美月も幹比古もそういう話が苦手だからな。からかい過ぎると逃げ出してしまう」
「まぁ付き合いだしたのって春休み辺りだし、まだ初々しいって事にしておいてあげるけど、いい加減進展しても良いと思うけどな」
「二人には二人のペースがあるんだし、周りがとやかくいう事ではないだろ」
「それもそうだね。それじゃあ、私は友達とご飯に行くから」
千秋が教室から出ていくのを見送ってから、達也は美月に視線を戻した。
「いい加減現実に戻ってきたらどうだ?」
「べ、別に何にも思ってませんよ?」
「……俺の前では別に良いが、そんな顔をしてたらエリカ辺りに弄られるぞ」
「そ、そんな顔って……?」
達也に指摘され、美月は慌てて手鏡を取り出して自分の表情を確認し、更に赤面してしまう。
「は、恥ずかしいです……」
「一時期は強気になったと思ったんだが、また何時もの美月に戻ってたんだな」
「そんなにすぐ変われるなら苦労しませんよ……というか、達也さんにも心配させてたんですね」
「俺たちは特殊な立場だが、美月と幹比古は普通の恋人関係だからな。上手くいってほしいと思うのは普通じゃないのか?」
「普通だと思いますけど、ちょっと意外だったというか……達也さんでもそう思ってくれるんだなとちょっと思っただけです」
「これでも人並みに友達の心配はしてるつもりなんだが?」
「ご、ゴメンなさい」
達也のちょっとしたイジワルに、美月は本気で申し訳なさそうに頭を下げる。そこまでしてもらうつもりは無かったので、達也はすぐに冗談だと言って教室か移動する。
「達也さんの冗談は分かり難くて困ります」
「美月が俺の事をどう思っているか知れたから、ちょっとしたお返しだ」
「酷いですよ……」
事情を知らない人間が見れば、じゃれ合っているカップルに見えなくも無いが、一高に通っている人間でこの二人が付き合っていると邪推するような人間は、一年生の中にもいないくらい美月と幹比古の事も有名になっているのだ。
「遅かったね」
「ちょっと達也さんとお話ししてたので」
場所取りをしていた幹比古を見つけ近づくと、幹比古は二人を見ながら――それでも視線の比重は美月に傾いているが――そう話しかけ、美月がそれに答える。
「さっき十三束君を見かけたけど、難しい顔をしてた。達也、何か言ったのかい?」
「今日は会話していない」
「十三束くんも思う事があるんだと思いますよ」
「そうなのかな……思いつめて、変な結論にたどり着かなければ良いけど……」
「幹比古、場所取りは代わってやるから、美月と食事を取りに行ってきたらどうだ?」
「そう? じゃあお願いしようかな」
達也に席を譲り、幹比古は美月と二人で食事を取りに大勢が列を成しているところに並ぶ。その後姿を見て、やはりお似合いだと達也が思っていると、その列から離れて深雪たちがこちらにやってきた。
「達也様、いらしてたんですね」
「吉田君に場所取りをお願いしてたんですけど、その吉田君は?」
「美月と向こうに行ってる」
「あぁ、遠目からでもあの二人はすぐにわかるね」
あまりにも初々しい空気を醸し出し続けるので、今では一高全体で二人の恋を応援するようなスタンスになっている。だから何処にいても二人は目立ってしまうし、周りも暖かい視線を向け続けているのだった。
「少ししか離れていないつもりだったが、随分と変わったんだな」
「まぁあの二人が特別ってだけだと思うけどね」
「お前が散々からかったからだろ?」
「うっさいわね! あんただってからかってたでしょ!」
「だから頭を叩くなって言ってんだろ!」
「急に会話に入ってきていきなり喧嘩を始めるなよな」
漸くやってきたエリカとレオの何時ものやり取りを見て、達也は苦笑いを浮かべつつも変わっていないなと安心した。
「達也様、エリカ、西城君。私たちが場所取りをしておきますから、三人は食事を取りに行ってください」
「そうするか」
「そうね。深雪、お願いねー」
「そう言って俺の脚を蹴るな!」
どさくさに紛れて蹴ったのだろうと、丁度死角だった深雪たちはそう思ったが、エリカの足元が見えていた達也は、明らかに蹴るつもりだったんだろうなとそう思ったのだった。
まぁ、この感じも悪くないとは思いますが