FLTに呼び出されていた達也だったが、すぐに問題も解決して、もうすぐ新居に到着すると言うところまで戻ってきていた。その途中、見覚えのある背中を見つけ、達也は声をかけた。
「小春さん、今帰りですか?」
「た、達也さん……お帰りなさい」
「えぇ。そこまで驚かせるつもりは無かったんですが」
「ご、ゴメンなさい……まさか達也さんが私に声をかけてくれるなんて思って無かったので……」
婚約者の中でも、地味な部類に入ると思い込んでいる小春は、達也に声をかけられるだけでかなり動揺する。もちろん、話始めればそんな事は無くなるのだが、数分は恐縮したり、視線が定まらなかったりする事が多い。
「千秋と一緒では無かったのですか?」
「私たちだって別行動するわよ。達也さんが司波さんといつも一緒、というわけじゃないようにね」
「そうですね」
ここ最近ではそんなイメージも薄まってきているのだが、入学当初は達也と深雪は常に一緒にいるというイメージが強かった。その事に達也は辟易した事もあったので、自分が小春と千秋に懐いていたイメージを改める事にしたのだった。
「ところで、達也さんはどちらにお出かけだったのでしょうか?」
「少しFLTの方で問題が発生したのでそちらに。すぐに解決しましたが」
「問題? 新事業について、でしょうか?」
「それ絡みで、でしょうね……またUSNAが余計な事をしだしたようで」
「それって私が聞いても良いんでしょうか? FLTの内部事情は、いろいろと秘密だったりするのではありませんか?」
「別に話してもいいでしょうが、多分理解出来ないと思いますよ? いえ、小春さんをバカにしてるとかではなく、経営面の知識が無ければ聞いたことも無い用語ばかりですし」
達也のセリフの前半部分でムッとした小春を見て、達也はすぐにフォローを入れた。そのお陰で後半部分を聞き終えた時には、小春の表情は何時も通りの穏やかなものに戻っていた。
「じゃあ止めておこうかしら。大学の講義で今日は疲れてるし、これ以上訳の分からない用語とか聞きたくないもの」
「そうですか」
実はそれ程難しい話でもないのだが、達也はそうやって誤魔化して小春の興味を削いだ。また襲撃されるかもしれないなどという情報を与えれば、心配されるのは目に見えているからだ。
「達也さん、学校はどんな感じですか? 千秋から聞く限りでは、あまり良い思いはしていないようですし」
「まぁ、ディオーネー計画に真っ向から対立するような態度を取ったわけですから、あの計画を有益だと信じ込んでいる魔法師から良く思われないのは仕方ないでしょう。ましてや高校生なんてまだ、メディアの情報を鵜呑みにする傾向があるわけですし、魔法協会会長・十三束翡翠が倒れた原因は俺だと思い込んでる連中もいますから」
「あれって外務省からの圧力を受け流せなかったストレスが原因なんですよね? 達也さんは正式に参加しないと発表した後に、圧力をかけてきた外務省が責められるべきなのでは?」
「そう思えないのが大抵なのでしょう。ましてや、息子の十三束鋼はクラスメイトですし、彼に同情して俺を非難する奴らも少なくありません」
「それで千秋が怒ってたのね。あの子『自分たちじゃ何も出来ないくせに』って言ってたし」
その光景を容易に想像でき、達也は苦笑いを浮かべる。自分の為に怒ってくれるのはありがたいが、小春に対して言っても意味は無いだろうという感じだ。
「七草さんの妹さんも似たような事を言ってたらしいし、達也さんは自分のすべきことに集中してくださいね? 雑音の所為で失敗したなんて事はあり得ないでしょうし、達也さんの事だからあまり気にしてないのかもしれませんが」
「まぁ、周りが何を言おうが関係ありませんから。直接的な妨害に出ない限り、相手にするつもりはありません」
「そう言い切れるのが凄いわよね……」
普通の十八歳なら、周りからの言葉に押しつぶされてしまうだろうが、達也ならそんな事はあり得ないと小春も知っているのだが、それでもはっきりと言いきれる達也の凄さに、改めて感心してしまう。
「まだ外務省やメディアはディオーネー計画に参加しろと言ってるみたいですけど、大人しくなる日は来るのでしょうか?」
「その内飽きるんじゃないですか? 何時までもそんな事を報道しているほど、マスコミは暇ではないでしょうし」
「……どことなく棘を感じるのは気のせいじゃないですよね?」
「いい加減諦めろと思っても仕方ないと思いますが? 彼らが望むように会見まで開いて発表したんですから、大人しくそれを受け入れてもらいたいものですよ」
「彼らの大半は、達也さんがトーラス・シルバーで、達也さんがディオーネー計画に参加すると発表するのを期待していたのですから、仕方ないと思いますけどね……もちろん、そんな事を勝手に望んだマスコミが悪いんですけど」
達也の人生を勝手に決めようとしていた連中に、小春以外の婚約者も憤慨しているのだが、小春がここまではっきりとマスコミを斬り捨てた事が意外で、達也は彼にしては珍しくただただ小春を見詰めていた。
「どうかしました?」
「いえ、ありがとうございます」
「? どういたしまして……?」
何故お礼を言われたのか分からない小春は、ただただ首を傾げたのだった。
そもそも千秋は出てるが小春はもうでないだろうしな……