放課後になり、エリカたちも誘ったが都合がつかないという事で、深雪はほのかと雫だけを伴って水波の病室に向かった。ちなみに、達也は後程合流するとの事で、三人は少し浮かれている。
「水波ちゃん、入ってもいいかしら?」
『はい、構いません』
深雪が尋ねて水波が断るなどありえないのだが、しっかりと返事を聞いてから扉に手をかける。もちろん、返事が無いまま扉に手を掛けても、ロックが外れていないので開かないのだが。
「こんにちは、水波ちゃん。お加減如何?」
「ほのか、二日足らずで回復する程水波ちゃんの状態は良くないのよ? そのくらいで回復するなら、達也様が治せないはずが無いもの」
「申し訳ありません……何日もお側を離れる事になってしまって……」
「水波ちゃん? 達也様も仰られていたけど、今回の件は水波ちゃんがいてくれたから達也様も私も無事だったの。だから、その結果水波ちゃんが入院しなければいけなくなったけど、それを恥じちゃダメよ? 水波ちゃんは私たちを守ったから今の状況になっちゃったんだから。私たちがもう少しあの魔法に対抗出来れば、水波ちゃんはこんなことには……」
「み、深雪様が悪いわけではございません! 私が不甲斐ないばかりに、このような事になってしまったのです! 達也さまが仰られていた事は事実として受け入れていますが、それでもこのようにベッドで生活しなければいけなくなってしまったのは私の落ち度です。申し訳ございませんでした」
「お互いに謝ったんだから、今日はもうその話題はおしまい」
深雪と水波が気まずい感じになる前に、雫が間に入って話題を打ち切った。その隣ではほのかも頷いている。
「どっちが悪いとか、そういう事じゃないと思うよ? 深雪も水波ちゃんも、互いが大事なだけなんでしょ? だから自分を責めちゃうんだよ」
「そう…かしら……達也様の別荘に私が行きたいなんて言い出さなければ、水波ちゃんをこんな目に遭わせることは無かったと思うし……」
「そもそも国防軍が達也さんに情報をしっかり話していれば、達也さんだって深雪のお願いを断ってたって言ってたよ? だから、今回の件で悪いのは国防軍だよ」
「それ以前に、攻撃してきた魔法師が一番悪いと思うけど」
ほのかと雫が二人を慰める為に放った言葉に、深雪の怒りが復活する。
「達也様を見捨てて、敵の情報を得ようとしたなんて……」
「み、深雪様っ!?」
深雪の怒りが爆発しそうになったタイミングで、扉の向こうから男性の声が掛かった。
『水波、入っても良いか?』
「た、達也さま! どうぞお入りくださいませ」
この状況を何とか出来る人物の登場に、水波は縋るように入室の許可を出した。
「何を焦って――深雪、落ちつけ」
特に中の気配を探ってなかったので水波が慌ててる理由が分からなかった達也だったが、扉を開けてすぐ深雪の魔法が発動しかかってる事に気付き声をかける。それで落ち着いたのか、深雪は暴走しかかっていた想子を落ち着かせ、すぐに頭を下げた。
「申し訳ございません! 水波ちゃんもゴメンなさいね」
「いえ、落ちつかれたのならそれで」
ほのかと雫は壁際で抱き合って震えていたが、深雪が落ち着いたの見てベッドの側に戻ってきた。
「それで、何で深雪は怒ってたんだ?」
「いえ、その……達也様を使って他の戦略級魔法のデータを取ろうとしていた国防軍への怒りがよみがえってきまして……」
「その事なら既に四葉家から厳重に抗議が行っているだろうし、今後俺の力を頼ろうとしてもその事が躊躇いになるだろう。そうなれば、国防軍との縁も切りやすくなるだろうしな」
「達也さん、国防軍と戦うつもりなの?」
雫の質問に、ほのかと水波は驚いた表情を浮かべて雫を見たが、深雪は落ち着いた表情で達也を見詰めていた。
「今のところは敵対するつもりは無い。そもそも国防軍と対立して、他所の国に攻め込む隙を与えてやる事になるだけだしな」
「元々そこまで機能してないと思うけど? 水際で防いでいるのは国防軍というより十師族の魔法師だし」
「それでも、軍隊が使い物にならなくなったら、それだけ攻めこもうとする輩が増えるだけだ。軍事や十師族だけならまだしも、魔法師でない人たちにまで迷惑が掛かるだろうから、ますます魔法師の立場が危うくなるだけだ。国防軍と縁を切るとしても、それは魔法師の地位を確保できた時だろうな」
「つまり、ESCAPES計画が軌道に乗るまでは、国防軍の言いなりになると?」
「言いなりになる必要は無い。既に疎遠になっているからな」
達也と国防軍の関係は、トゥマーン・ボンバの件以前からあまり良くは無い。USNAの工作員の事を知っていながら放置していたり、情報部がちょっかいを出してくるのを見過ごしたりと、一○一旅団との関係も悪化の一途をたどっているくらいだ。
「国防軍の情報を気にしなくても、もう問題ないがな」
「藤林さんが達也様の味方だからですか?」
「響子さんもそうだが、四葉の情報網が使える。虚偽の報告を気にする必要もないからな」
「次期当主だから?」
「そうだ」
雫の問いかけに、達也は短くそう答えたのだった。
達也もだけど、雫もあっさりし過ぎな気も……