劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本編に戻りつつどこかでまた伸ばすかも……


疑わしき根拠

 ここ数日間、国内でも海外でも、特に大きな動きは無かった。達也個人の周辺では平穏とは遠い日常だったが、世間的には平穏だったと言えるだろう。達也とエドワード・クラークの争いは、小康状態に移行したかに見えたが、その背後では、レイモンド・クラークの陰謀が進行していた。

 六月十五日土曜日、北アメリカ大陸合衆国(USNA)テキサスダラス郊外。ここは全長三十キロメートルに及ぶ長大な線形加速器を備えた国立加速計測研究所がある。その計測器の周りでは、朝から秘密実験の準備が進められていた。

 実施される内容は、余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験。前回、二〇九五年十二月に同じ実験が行われたが、その時の目的は質量エネルギー変換魔法の手掛かりを得る事だった。

 だが今回の目的は、マイクロブラックホールの蒸発によって生み出されるエネルギーの観測では無かった。マイクロブラックホールの生成自体、成功する必要は無い。今日の秘密実験は、この研究所に潜り込んでいると推定される工作員を誘い出す為のものだった。

 とはいえ科学者たちにとっては、漸く再実験の許可が下りた貴重な機会だ。彼らはこのチャンスを無駄にせぬよう、短い準備期間をものともせず張り切っていた。

 工作員に対処するのは、情報部員でもカウンターテロ部隊でもない。参謀本部に直属する魔法師の部隊・スターズだ。工作員が本当にいるならば、高い魔法技能を持っていると考えられる。これもスターズが出動している理由だが、他の部隊が来ていないのは、そもそもこの作戦がスターズから具申されたものだという経緯が強く作用していた。

 

「ジャック、異常はないか」

 

『異常ありません、隊長。現時点まで、工作員らしき者の姿も見えません』

 

 

 研究所内のすべてモニター出来る警備センターにはスターズ第三隊隊長のアレクサンダー・アークトゥルス大尉が詰めている。彼が通信している相手は第三隊の一等星級隊員、ジェイコブ・レグルス中尉。レグルスは加速器の管制室で、不審な動きを見せるであろう工作員を見つけ出すべく目を凝らしていた。

 

「そうか、監視を続行せよ」

 

『了解』

 

「隊長」

 

 

 通信機から口を離したアークトゥルスに、星座級の隊員が話しかけてきた。――なおスターズの序列は一等星級、二等星級、星座級、惑星級、衛星級の順になっている。この序列は階級とは別のもので、作戦行動時には下士官の星座級が准士官の惑星級の指揮下に入る事も多い。

 

「何だ」

 

 

 アークトゥルスは部下の声に一声で答え、視線で続きを促した。

 

「フォーマルハウト中尉の件に、日本が関与しているというのは根拠のある情報なのでしょうか。日本の工作員がそこまで有能とは正直、思えないのですが」

 

 

 この作戦実施中の段階でそんな今更感満載の疑問が出てくるのは、工作員の気配が全くないからだ。星座級の隊員たちがこの国立加速研究所に張り込んでいるのは、今日からではない。再実験が決まった翌日、今週の日曜からずっとだ。それなのに実験直前になっても、敵の影も形も見当たらないとくれば、多少懐疑的になっても仕方がないかもしれない。アークトゥルスは士気の低下を防ぐため、機密性の低い情報を部下に開示する事にした。

 

「日本軍は去年、パラサイトを使った自律人型兵器の開発に成功している」

 

「パラサイトを使った自律兵器でありますか?」

 

「事前の準備があったとしか思えないタイミングだ。直接の根拠では無いが、フォーマルハウト中尉の一件に日本軍が関与していた可能性は十分にあると思われる」

 

 

 この推理には誤認がある。パラサイトを使った自律兵器――パラサイドールは元々式神術を応用して動かす構想だった。ただ式神や人造精霊では機体を動かす事は出来ても期待された魔法技能は発揮出来ず、電子頭脳で制御される機体に対して優位を獲得出来なかった。それが理由で、パラサイトが手に入るまで実用性が認められなかったのである。

 つまり、正しくは完成の一歩手前だった兵器にパラサイトを利用したのであって、パラサイドールは最初からパラサイトの使用を想定して開発された物ではない。

 この一件に限らず、レグルスに提供されたアークトゥルスとウォーカー基地司令に伝えられた「根拠」は全て、表面的な事実に歪曲された「事情」が付け加えられたものだった。そうしてマイクロブラックホール実験の再実施の為の「日本の工作員の関与」を信じ込ませたのである。

 

「そのような事が……失礼しました!」

 

 

 この星座級の隊員も、捻じ曲げられた根拠を疑わなかった。

 

「日本の工作員のレベルは兎も角として、そういった事実がある以上、張り込みは必要であると理解してくれたか」

 

「はい! 実験当日にくだらない質問をして、申し訳ありませんでした!」

 

 

 アークトゥルスに背筋を伸ばして敬礼した星座級の隊員に小さく頷いて応えたアークトゥルスだったが、彼自身この根拠に懐疑的だった。だが否定するだけの根拠も、それを考えつくだけの情報も持っていないので、アークトゥルスも星座級にした説明と同じ理由で、自分を納得させているだけだった。




そもそもが間違いだと何故思わないのだろうか……

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