劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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簡単に言うと、憑りつかれてるだけ……


浸食と同化

 警備センターのアークトゥルスは、実験の直後自分の精神に何かが侵入したのを明確に確認した。

 

「(精霊……?)」

 

 

 彼がレグルスのように痛みや圧迫感を覚えなかったのは、精霊魔法の使い手だったからだ。アークトゥルスは移動系魔法を得意とする一方で、精霊を召喚する古式魔法にも熟達していた。自分の中に精霊を召喚してその力を行使する古式魔法。現代人の感覚からすれば、魔物を自分に憑依させてその力を利用する魔法というイメージになるかもしれない。アークトゥルスは自分以外の「何か」が自分に宿る感覚に慣れていた。自分の意思に依らず「何か」が侵入してきても、狼狽える事は無かった。精神に侵入してきた物への対処手段を持っているからだ。

 アークトゥルスの誤算は、侵入者が自我を有していない点にあった。自分以外の、精神的な実態を持つ「何か」。だが、それ自体に意思は無い。だから、自分自身と選り分けられない。それは何の意思もなく、ただ自分の中に入ってくる。水が乾いた布へ染みていくが如く、自分の芯へと食い込んでくる。

 自分が修得している技術がこの侵入者に通用しないと知って、アークトゥルスの心に恐怖が芽生え、彼は精霊を召喚してこの「何か」を追い出そうとした。だが精霊は、彼の召喚に応じなかった。彼の「中」は、この侵入者で満員になっていた。

 自分の中に、自分以外の何かが食い込んでくる。自分と、自分以外の何かが、混ざり合ってくる。アークトゥルスは自分が満たされたのを感じた。精霊の召喚では得る事が出来なかった、真の一体感。これこそが、人と精霊の、真の合一。それが純粋にアークトゥルスとしての、最後の思考だった。

 

「(――私はアレクサンダー・アークトゥルスと呼ばれている。私は/私たちはこの世界の人間から『パラサイト』と呼ばれている)」

 

 

 こうしてアークトゥルスはパラサイトになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レグルスとアークトゥルスがパラサイトに侵食されているのと時を同じくして、レイモンドは事務棟の屋上でのたうち回っていた。

 

「痛い、痛い、痛い」

 

 

 彼の口はひたすら痛みを訴えている。精神を自分以外の「何か」が侵食する激痛。精神干渉系魔法の攻撃に対抗する為の訓練を受けたことが無いレイモンドには、耐えられない痛みだ。痛みに塗りつぶされて、彼は「何か」が押し入ってくる圧迫感を認識していなかった。

 それでいて、強固なレイモンドの自我は、精神を侵食する自分以外の存在を強く拒んでいた。抵抗が激しいから、痛みも激しい。自分が抵抗している事を知らないから、それを止める事も出来ない。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い――」

 

 

 絶え間ない苦痛に、精神が壊れていく。それが自我の抵抗を弱めていったのは、果たしてレイモンドにとって幸いだったのか。抵抗力が低下し、侵食の速度が増す。レイモンドはのたうち回る力も失い、痛いという言葉を発する事も出来ず、屋上の床にぐったりと横たわる。まるで死体のようになったレイモンドの中で、彼の意思も既に死に体になっていた。

 急速に侵食が進み、急速に同化が進む。彼を侵す「何か」は、無抵抗であるが故に、あるがままの形でレイモンドの意思を呑み込んでいく。彼の意思が、「何か」を彼色に染め上げる。

 レイモンドは、自分には主役になる力が無いと諦めていたが、本当は主役になりたかった。ヒロイックサーガのようにロマンあふれる活躍をしたかった。魔法で宇宙を征服する。それはとてもロマン的だと思っていた。

 だが司波達也は、そんな彼のロマンを否定した。それが邪魔だった。司波達也を屈服させるには、彼の力だけでは不可能であり、スターズ最強の魔法師「シリウス」でも敵わなかった。

 だからパラサイトの力を求めた。スターズの魔法師にパラサイトを憑依させれば、司波達也を屈服させることが出来るに違いない。レイモンドはそう思った。

 そのためにこの舞台を用意した。パラサイトの力で、司波達也を倒す為に。

 

「(それがレイモンドの/僕たちの望み。司波達也を倒す事を、レイモンドは/僕たちは望む。僕は/僕たちは、この世界の人間から『パラサイト』と呼ばれている。レイモンドは/僕たちは、司波達也を屈服させる)」

 

 

 こうしてレイモンドの中で、歪んだ望みが誓いとなった。

 

「僕は、司波達也を屈服させる。そうする事で、僕は満たされる」

 

 

 誰にも聞かれる事の無い誓いを宣言し、レイモンドはパラサイトになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パラサイトは再びこの世界に招かれた。パラサイトが同化したのは、レグルス、アークトゥルス、レイモンドの三人だけでは無かった。建物の外に待機していたスターズ第六隊、『オリオンチーム』の三人もパラサイトと化していた。だがその事を、研究所の人間は気づかなかった。

 レイモンドを除く五人は実験終了後、人間にそれと悟られる事なく、ニューメキシコのスターズ本部基地へと帰還した。

 レイモンドは何食わぬ顔で、堂々と正面ゲートから研究所を後にし、カリフォルニアの自宅に戻っていった。




レイモンドが道化にしか見えない……

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