劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1498 / 2283
普通に優秀な魔法師ですから


封印解除

 六月十六日、日曜日。九島光宣は再び、パラサイドールを格納している倉庫に来ていた。今はまだ夜明け前、外は暗闇と静寂に覆われている。彼がここにきている事を、家族は誰も知らないだろう。父も兄も使用人も、光宣は部屋で寝ていると思っているはずだ。

 先日、学校を休んで水波のお見舞いに東京まで日帰りで往復した光宣を、家の者は誰も叱らなかった。祖父の九島烈だけが心配顔で光宣に事情を尋ねたが、理由を説明すると「そうか」の一言で納得した。祖父は兎も角、父と兄は自分の事を見限っているのだ。光宣は彼らの反応を見て、そう考えた。

 そして案の定、翌日から光宣に対する接し方は今まで以上に放任になった。もしかしたら彼らは、光宣がついに自棄を起こしたのだと勘違いしたのかもしれない。もう、いつ死んでしまうか分からないから、好きにさせておこうと思ったのかもしれない。

 光宣には、ありがたい勘違いだった。今の彼は、家族や使用人の相手をしている時間も惜しかったからだ。水波を治してあげたい。光宣の心は、この想いでいっぱいになっている。

 自分が何故、そこまで一生懸命になっているのか、光宣は理解していない。いや、本当は分かっているのかもしれないが、意識しないようにしている。もしかしたら、たった三日で恋に落ちるなどという、一目ぼれに等しい軽薄な気持ちを原動力にしているのではない、というこだわりがあるのかもしれない。

 前回と違い、開錠の魔法を使って倉庫に入る。この魔法は周公瑾の知識の中から見つけた『電子金蚕』の応用魔法だ。陳祥山が魔法協会関東支部に侵入した際にも使った魔法だが、陳の術式より洗練されていて、警報を作動させるような事は一切ない。

 ひんやりと乾燥した空気が光宣の身体を包み込む。前回と同じく、そこに霊気は含まれていない。

 

「やはり、これしかないか……」

 

 

 光宣の口から独り言が漏れる。彼の中から、答えは帰らなかった。この言葉は問いかけではなく、決意を固める為のものだった。

 光宣は倉庫の最奥に置かれた「棺」に歩み寄った。その中には、東アジア系の男性の死体が凍った状態で安置されている。これは去年の冬、第一高校の演習林で達也と幹比古によって封印されたパラサイトの一体。死体と仮死体の内、死体の方だった。死体の皮膚にはパラサイトを封じ込めておくための文字と模様が文様が刻まれている。この死体は、パラサイドールに使用したパラサイトの供給源だ。

 パラサイトが部分的に脱出出来るよう封印を緩めると、死体に閉じ込められていたパラサイトは自分のコピーを送り出して新たな個体を作り出そうとする。そのコピーをガイノイドに閉じ込めて、死体を再び封印する。そのようにして旧第九研、現在の『第九種魔法開発研究所』の研究者はパラサイドールを製造していた。

 この封印術式はパラサイドールの生産が凍結された現在も、十二時間ごとに九島家配下の術者の手で更新され続けている。

 更新時刻は午前と午後のそれぞれ六時。現在の時刻は午前四時。そろそろ術の効力が弱まり始めている頃だ。

 

「水波さんを救うためにも、水波さんと一緒に生きて行く為にも、僕はこうするしかないんだ」

 

 

 もう一度覚悟を露わにして、光宣が棺の側面にあるスイッチを押した。棺の蓋が自動的に開く。死体には白装束が着せられていた。これは光宣にとっても歓迎するべき事だった。むさくるしい男の裸など、死体であっても見たくない。

 

「僕が見たい裸は……って、僕は何を考えているんだ! 今は集中しなきゃいけない時なのに」

 

 

 突如決意が揺らぐような妄想をして、光宣は誰もいないのにも拘わらず、慌てて辺りを見回し、ホッとしたような表情で頭を振り、もう一度気合いを入れ直した。

 光宣は右手を、凍っている死体の胸に置いた。堅い感触があるだけで、当然鼓動は感じられない。光宣は掌から、凍結死体に想子を送り込んだ。数秒のタイムラグを置いて、霊子の波動が生じる。死体の中で仮眠状態だったパラサイトが目覚めたのだ。

 

「成功した…のか……?」

 

 

 光宣はごくりと息を呑んだ。ぐっと奥歯を噛みしめ、きゅっと唇を引き結び、息を止める。一瞬の躊躇を乗り越え、光宣は死体に掛けられた封印術式を解除した。

 

「これで、欲しかったものが手に入る……」

 

 

 光宣が封印を解除するための魔法を放った次の瞬間、死体の中から光で出来たスライムが飛び出した。光宣が見た光景は、そうとしか表現出来ないものだった。ぼんやりと光る非実体の不定形生物。それは大きさ的に「アメーバー」というより「スライム」と表現する方がしっくりくる。「スライム」が光宣に襲いかかる。光宣はそれを、避けなかった。むしろ「スライム」――パラサイトを招き入れるように両手を広げた。

 光宣が着ているサマーセーター、その胸の中央に幾何学模様の文字が浮かび上がる。光宣が自分で仕込んだ魔法陣だ。パラサイトはその魔法陣に、吸い込まれるようにして飛び込んだのだった。

 

「ぐっ……!」

 

 

 光宣の口から、苦悶の声が漏れる。だが彼は、その痛みから逃げたいとは思わなかった。




途中思春期全開になってたな……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。