劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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無謀どころか無意味……?


無謀な賭け

 光宣は精神を苛む異物感に顔を顰めながら、倉庫の床に座った。胡坐をかき、左足を右ももの上へ。半跏趺坐と呼ばれる座り方だ。苦痛をねじ伏せてその体勢を維持し、光宣は冷却魔法を発動した。体温を引き下げ、仮死状態となる魔法。発動の対象は、自分自身。

 光宣は肉体を仮死状態に近づけながら、意識を自分の内側へ向けた。意識は、主導権を手放さぬように。光宣は自分をパラサイトに侵食させながら、パラサイトを支配しようとしていた。

 彼は自分の意思を一欠片もパラサイトに渡すつもりは無かった。自分自身を保ったままで、パラサイトの力だけを手に入れるつもりだった。

 

「(自我を持たない生き物に、負けたりはしない!)」

 

 

 パラサイトを葬り去ってしまわないよう細心の注意を払いながら、パラサイトを隷属させる術式を自分の中に行使する。

 

「(僕は、この気持ちを失うわけにはいかない。この気持ちを少しでも失くしてしまったら、人であることを捨てる意味がない!)」

 

 

 パラサイトを相手に自らハンディを負った戦いを繰り広げながら、光宣は心の中で吼えた。

 

「(僕自身を保てなくて、どうして彼女を彼女自身のままでいさせてあげられるんだ!)」

 

 

 彼がパラサイトになる決意をしたのは、水波を死なせない為だ。自分自身が脆弱な肉体から逃れる。ただそれだけの為なら、光宣は人であることを捨てようとは思わなかった。

 彼は、周公瑾の知識がもたらす誘惑に屈したのではない。パラサイトとなっても自分の心を、自我を維持出来る事を、自分自身で確かめる。人の身体がパラサイトに屈服しても、人の心はパラサイトを征服出来ると確かめられたならば、その時初めて、水波にこの方法を用いる。これは自分自身を実験体とする、一種の自己犠牲だ。

 あるいは、自分の肉体を生贄に捧げて、魔の力得る儀式だ。己の人生に諦めを懐いていたから、出来た決断かもしれない。だが光宣には勝算があった。いや、絶対に成功させるという意思があった。

 彼は他に方法を見つけられなかった。なまじ周公瑾の知識を得てしまったが為に、他には方法が無いと分かってしまった。他に手立てがないならば、この術式を成功させるしかない。失敗は決して許されない。この強い念が、今の光宣の最大の武器だ。

 

「(僕はこの気持ちを懐いたまま、東京に向かうんだ!)」

 

 

 精神生命体を斃すだけなら、技術が決め手となる事もある。例えば、パラサイトの融合体を葬った深雪の『コキュートス』のように。だが精神生命体を従えたいなら、技術だけでは不足だ。相手は周公瑾のような亡霊――命を失った残骸ではない。物質的な形を持たないものの、自ら捕食し増殖する生き物だ。それを自分の一部として飼い慣らす為には、相手に喰われない心の強さが必要だ。

 盲目的な一念が、光宣をこの愚行に追い込んだ。だがその強い想念が、一見無謀なこの賭けに勝利をもたらそうとしている。

 

「(――僕に従い、僕の一部となれ!)」

 

 

 光宣の咆哮と同時に、パラサイトの同化が終わった。

 

「(――僕は、九島光宣。僕に繋がろうとする声が聞こえる。一つになれと、囁いている。だけど! 僕は、僕だ! 『僕たち』じゃない)」

 

 

 パラサイトと同化しても、光宣は「九島光宣」のままだった。彼は肉体に掛けた冷却魔法を解いて、仰向けに転がった。

 

「これが、パラサイトになるって事か」

 

 

 凍傷がたちどころに癒えていくのを見て、光宣はそう呟いた。この治癒再生能力は、パラサイトになった恩恵なのだと瞬時に理解した。額の奥に、今までになかった器官が形作られたと、何となく理解した。

 だがそれは今のところ、光宣の意識に何の影響も与えていなかった。

 

「勝った……これで、僕は水波さんを助けられるんだ!」

 

 

 自分自身を保ったままパラサイトを従えたことを実感し、笑いが込み上げてきた。光宣は倉庫の床に寝ころんだまま、楽し気に笑い声を上げ、これからの事を考える。

 

「水波さんの怪我は、早く治した方が良い。今から東京に向かえば、早ければ昼前には到着するだろうけど、いろいろと準備しなければいけない事もあるから、行けるとしても夕方か……」

 

 

 本音では今すぐにでも水波がいる病院に向かいたいのだが、彼にも準備したい事とかがあるので、現実的に考えて今すぐ出発するのは不可能だった。はやる気持ちを抑えながらも、光宣はゆっくりと立ち上がり部屋に戻るべく倉庫を抜け出す。

 

「この方法なら、水波さんを水波さんのままでいさせてあげられる。達也さんや深雪さんだって、僕の考えに賛同してくれるはずだ」

 

 

 もし賛同してくれなかったとしても、光宣は達也に負けるつもりは無かった。丈夫な身体さえあれば、自分は誰にも負ける事は無いと思っていた時もあった。そして今、彼にはその『丈夫な身体』がある。いくら達也といえども今の自分に勝てるはずがない。光宣はそう確信していた。

 

「待っててね、水波さん。僕は約束通り、君を治す方法を手に入れた」

 

 

 歪んだ望みの為だけに動く、パラサイトの特性を知っている人間が今の彼を見れば、間違いなくパラサイトに憑依されたと判断するだろうが、今の光宣を止める者は誰もいなかった。




光宣の想いは立派だけどな……

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