生徒会だけでは無く、ほぼ全ての一科の先輩から不興を買ってしまったようだが、達也はそんな事を気にするような性質では無かった。
「さて深雪、帰るか」
「そうですね、お兄様」
特に用事も無いので真っ直ぐ家に帰るつもりだった兄妹に、エリカから提案があった。
「あっ、それじゃあ一緒にケーキでも食べに行かない? この近くに美味しいケーキを出すお店があるんだ」
「ケーキですか~……」
「良いですね。お兄様はいかがなさいますか?」
「別に構わない」
「じゃ決定!」
はしゃぐ3人を見て達也は、この流れで行かないとは言い出せないと思い付き合う事にした。もし深雪が居なかったら断ってたかもしれないが、妹が嬉しそうにしてるのに自分は行かないと言えば深雪も行かなくなるだろうと思ったからだ。
余計な事を口にしない代わりに、達也は少し疑問に思ってた事を口にした。
「そう言えば千葉さん、入学式の事は事前に調べてこなかったのに、高校周辺のお店事情には詳しいんだな」
「当然よ! これから3年間は通う場所の周辺事情を確認するなんて当たり前なのよ!」
当たり前なのか如何か、達也には理解出来なかった……それよりも学校の事を確認した方が良いのではと思ったのだが、当然これも口にはしなかった。
「お兄様、エリカはこう言った女の子らしいですから、ツッコムだけ無駄だと思いますよ?」
「そうだな……それにこう言った付き合いは深雪にとって重要だろう。同年代の友達は多いに越した事は無い」
「それはお兄様もでは?」
「司波君って妹の事になると自分の事はそっちのけになるんだ~」
エリカの冷やかしを無視して、達也は美月に話しかける。
「妹共々、これからよろしく」
「は、はい! 此方こそよろしくお願いします!」
「あれ……私は?」
無視された事と自分がよろしくされてない事に不満を覚えながらも、何となく寂しい気持ちになったエリカが達也を突く……その行動がおかしかったのか、深雪と美月が笑う。
「何よ~!」
「もちろん千葉さんもよろしくな」
「はいはい、しょうがないからよろしくされてあげるわね」
「エリカちゃん、嬉しいのが隠せてませんね」
「お兄様も人が悪いんですから」
校門付近でそのようなやり取りをしてから、エリカを先頭に美味しいケーキがあると言う店に向かった。
如何やらその店は、美味しいデザートのあるフレンチレストランのようだったので、達也たちはそこで昼食を済ます事にした。
目的のケーキを食べながら女子3人はおしゃべりに興じ、達也はコーヒーを啜りながらお気に入りの書籍サイトにアクセスしていた。もちろん聞かれれば答えるししっかりと会話は聞いているのだが、女子3人の話題に付き合えるほど、達也は世間の事情に聡くないのだ。
「司波君、もしかして退屈なの?」
「ん? そう言う訳じゃないが……何でそう思う?」
「だって端末を弄りだすし」
「さっき途中まで読んでた話があってな。続きが気になっただけだ」
「そう?」
「お兄様は他の事をしながらでもしっかりと聞いてくださるし、会話に加わる事も出来るのよ」
「そうなんですか~」
深雪が自慢げに言った事に、素直に関心する美月。だがエリカは深雪にブラコン発言にやれやれと肩をすくめ、達也は何も反応しなかったのだった。
「それじゃあそろそろ帰ろっか?」
「そうですね、時間もいい頃合ですし」
「じゃあお会計を……」
伝票にそれぞれの手が伸びたと思ったら、次の瞬間には伸ばした先に伝票は無くなっていた。
「会計は済ませたから帰るぞ」
「ご馳走様です、お兄様」
テーブルから会計を済ませて、伝票を懐にしまいながら立ち上がる達也に、深雪だけが素直に付き従う。エリカと美月はちょっと遅れて達也に話しかける。
「自分の分は自分で払うわよ」
「そうですよ、さすがに悪いですし……」
食事代くらいならまだしも、エリカも美月もケーキを3個食べているのだ。とても知り合ったばかりの、それも同い年の男の子に払ってもらう額では無いし、そこまで2人は図々しく無かった。だが達也も深雪も2人のこの言葉に反応は示さなかった。
「ちょっと……」
「深雪さん?」
黙って出て行った達也を見送りながら、その場に立ち止まっていた深雪に美月が声を掛ける。
「お兄様の好意ですから、2人は気にしなくて良いのよ」
「でも!」
「大丈夫。お兄様はそれなりに稼いでますから」
「稼ぐって……」
事情を知らないエリカと美月は揃って首を捻ったが、その反応に対する答えは無かった。
エリカと美月と別れ、達也と深雪はキャビネットと呼ばれる移動機関を使い家に帰った。平均的な一般家庭と比べるとそれなりに大きい家に、兄妹2人で生活しているのだ。
「お兄様、何かお飲み物でもご用意しましょうか?」
「そうだね、じゃあコーヒーを頼む。だけど、深雪が着替えてからで構わないからね」
「分かりました。それでは失礼します」
キチンとお辞儀をしてから達也の前から移動する深雪を見て、達也は妹の教育を間違えたかも知れないと思った。思っただけで口にしないのは、ほんの少ししか思って無かったからなのだが。
「(それにしても、こんな制服で区別をつけるなんて……良い趣味してるな)」
自分のブレザーを眺めながらそんな事を思っていた達也だったが、すぐに興味を失ったのか別の行動に移った。
「お兄様、コーヒーの準備が出来ました」
「分かった、すぐに行こう」
深雪から声がかかるまで、特に集中してた訳でも無かった達也は、深雪が待つリビングにすぐ向かう事にした。
「お待たせしました」
「あ、あぁ……大丈夫だ、それほど待ってないから」
リビングで待っていた深雪の格好は、決して家の中で着るような服装では無かったし、兄に対して見せたいと思うものでも無かった。
深雪の服装を見て、改めて教育を間違えたかも知れないと思う達也だったのだ……
アニメを見て、斉藤千和さんの演じる真夜をふまえて、次回再登場させる予定です。