劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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完全にパラサイトだなぁ……


達也VS光宣 その1

 さっきのよりも、強く、速い魔法が達也を襲った。今度も達也はその魔法を『術式解散』で無効化したが、一回目と違い余裕が無かった。達也の意識が、容赦のない戦闘魔法師のものに切り替わる。浴びせられた魔法を分解した達也は、光宣との間合いを一気に詰めた。

 右の掌を、光宣の腹に押し当てる。打ち込むのではない。むしろその勢いは「そっと」という形容が似合うものだ。次の瞬間、達也の右手から魔法が放たれた。ゼロ距離で撃ち出す『加速』の魔法。その魔法は掌に触れた部分だけに作用するものではなく、光宣の身体全体を後方に吹き飛ばすもの。実際に、光宣の身体は宙に舞った。だが達也の手に、手応えは残らなかった。 

 ドアに叩きつけられるはずの光宣の身体は音も無く扉に受け止められ、ストンと床に降りた。光宣は達也が発動した加速魔法を踏み台にして、自分を対象にした加速魔法を行使し、ドアまで飛んで慣性を中和する事で衝撃を消去、達也から距離を取ったのだ。

 

「深雪、領域干渉を最大出力!」

 

「はいっ!」

 

 

 達也の指示は、光宣の足がまだ床に届かぬ内に伝えられた。光宣が着地すると同時に、深雪の領域干渉が病室を覆う。光宣は視線が通った水波をちらりと見て、ドアのロックを解除し勢いよく引き開けた。深雪の領域干渉は病室内を効果範囲に指定している。達也が間合いの内へ踏み込むより早く、光宣が廊下へ――領域干渉の効果範囲外に出た。

 はめ殺しの窓ガラスが、細かく砕けて外へ吹き飛ぶ。光宣と達也は一瞬目を合わせ、ガラスが無くなった窓から飛び出す。光宣の視線の意味を、達也は誤解しなかった。

 

「深雪、水波を側で守れ」

 

「達也様は!?」

 

「光宣の挑戦を受ける」

 

 

 光宣は深雪の領域干渉から尻尾を巻いて逃げ出したのではない。病室内で戦っては、余計な被害が出るかもしれない。水波に怪我を負わせるかもしれない。光宣はそれを嫌って、達也を外に誘ったのだ。

 達也がここに留まれば、光宣はいったん退くだろう。だが光宣は水波に執着している。それは今の短い遣り取りで、嫌という程分かった。何時また水波を攫いに来るか分からない。

 達也の今の最優先は、自分の周りで起こっている問題を解決し、平穏な日常を婚約者たちの為に取り戻す事。それにただでさえ男と女。愛人候補とはいえ二十四時間、水波の側についている事は出来ない。ここで光宣を無力化して捕らえるのが、ベストの選択肢だった。達也は光宣に続いて、破壊された窓から病院の中庭に飛び降りた。

 この病室は地上四階にある、肉体の力だけで飛び降りられない事も無いが、光宣に着地直後の隙を見せるのは好ましくない。人間だった当時から、彼は並々ならぬ使い手だった。

 達也は記憶領域の中にある魔法式のライブラリから、慣性制御の術式を呼び出した。フラッシュ・キャストで慣性制御魔法を発動し、着地の瞬間だけ、自身に掛かる慣性を中和する。人工魔法演算領域で慣性制御の術式を行使するのと並行して、本来の魔法演算領域で情報体分解の魔法『術式解散』を発動。光宣が放った放出系魔法『スパーク』を無効化した。

 

「やはり『術式解散』。さっき見た時は勘違いかと思いましたが、実験室でしか成功しないと言われている高難易度魔法を実戦で成功させるなんて、さすがは四葉の直系というべきでしょうか」

 

 

 光宣が抑制された口調で話しかけてくる。既に逆上は去っている様子だ。

 

「自らの執着するものの為に、一方的な実力行使を厭わない。光宣、これはパラサイトの行動様式だぞ」

 

 

 思いがけない指摘を受けて、落ち着きを取り戻していた光宣の表情に動揺が過る。

 

「人間だった頃のお前は、こんな独り善がりな真似はしなかった」

 

「独り善がりなんかじゃありません! 僕は、間違っていない!」

 

 

 光宣が放出系魔法『人体発火』を達也にぶつける。人体の魔法的防御を無効化した上で、細胞を構成する分子から強制的に電子を引き出して体外に放出する魔法。皮膚上で起こる放電が人体発火現象のような外観を呈する事から『人体発火』と名付けられているが、実態は分子間結合に用いられている電子を奪い取ることにより分子レベルで細胞を崩壊させる恐るべき魔法である。

 達也は自分に向けられた『人体発火』の魔法式を、発動寸前で分解した。達也の分解魔法を以てしても、ギリギリのタイミングだったのだ。恐るべき魔法発動速度。元々光宣のスピードは卓越していたが、パラサイトと融合した事で更に発動速度が向上していた。 

 誤算だったのは、光宣を心理的に揺さぶるつもりで放った言葉が、逆効果になってしまった事だ。光宣は、感情の乱れで魔法の精度を損なう事は無かった。興奮している事でむしろ、魔法演算領域が活性化しているような印象さえある。

 最早手加減は不可能だ。光宣と本気でやり合うのは、少なくとも達也にとっては不本意だった。病室に現れた時点では、光宣に敵対の意思は無かったのだから。自分のコミュニケーション能力不足を、達也は痛感していた。だが光宣を無力化しない限り、後悔も出来ない。達也は光宣に『分解』を放った。




少しでも光宣が優位に見えるのは何故だ……

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