劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1505 / 2283
タイトル考える気なし


達也VS光宣 その2

 達也は魔法発動にCADを使わない。CADを使っていては、光宣の速さに追いつけない。誓約の封印が完全に解除されていなければ、光宣のスピードに抗し得なかっただろう。達也の情報体分解魔法を受けた光宣の姿が、跡形もなく消える。光宣の本体が身体一つ分、右に現れた。

 偽装魔法『パレード』。達也が分解したのは『パレード』によって作り出された幻影だった。達也が魔法を放つ。幻影の右に出現したという認識が、幻影が立っていた場所の左に本体が存在するという認識に書き直される。方位を欺く魔法『奇門遁甲』を達也は分解したのだ。

 魔法には個性がある。同じ魔法を使って同じ効果が出ても、術者が違えばそのプロセスや痕跡に微妙な違いが現れる。魔法の完成度が高い程、その差異は見えにくくなるが、それも見る者と見られるものの相対的な力関係による。達也の「視力」は光宣が使った『奇門遁甲』から、周公瑾の個性をはっきりと見取っていた。

 

「(光宣が融合したのは、パラサイトだけではない。何時、周公瑾の亡霊を取り込んだ!?)」

 

 

 達也が心の中で独白している間に、放電の魔法的な兆候が空中に生じた。放出系魔法『青天霹靂(クラウドレス・サンダー)』。空気をプラズマ化し、そこから抜き出した電子シャワーを攻撃対象に浴びせる。負に帯電した攻撃対象は次に、取り残されていた陽イオンの本流に曝されるという二段構えの攻撃だ。

 光宣の『青天霹靂(クラウドレス・サンダー)』は、達也が『パレード』と『奇門遁甲』を分解する間に放たれていた。達也が今からその魔法式を分解するより、『青天霹靂(クラウドレス・サンダー)』が発動する方が早い。達也はライブラリから『導電皮膜』の魔法式を選択した。放出系魔法『導電皮膜』は身に着けた衣服や靴の、表面の電気抵抗を近似的にゼロまで引き下げ、それらをアースにして雷撃の電流を地面に流す防御魔法だ。人工魔法演算領域に呼び出した魔法式をセット。達也はフラッシュ・キャストで『導電皮膜』を発動しようとしたが、同時に電気抵抗増大の魔法が達也に打ち込まれ『導電皮膜』を定義破綻させた。

 防御の為の魔法発動に失敗した達也を『青天霹靂(クラウドレス・サンダー)』の電子シャワーが襲う。苦鳴を噛み殺して、達也は自ら中庭を転がった。土の地面に転がった事で、達也が負った電荷は地面に流れ、陽イオンは地面に吸い込まれた。

 達也が片膝立ちで起き上がると、光宣は意表を突かれた顔で立ち尽くしていた。痛みには耐えられても、電子の雨に撃たれた筋肉は自由に動かないはず――光宣はそう考えていたのだ。それは光宣の油断では無かったが、常識に囚われていたのは否めない。その隙を突いて、達也の『雲散霧消』が遂に光宣の身体を捉える。

 光宣の右足付け根から、血が噴き出した。右足だけでなく左足にも力が入らないのか、尻餅をつくように光宣が仰向けに倒れる。達也は光宣の動きを完全に封じるべく、左足、右肩、左肩にも照準を合わせたが、そこに倒れていたのは中身の無い影だった。

 放電の魔法的兆候が達也のすぐ後ろに生じる。達也は振り向かず、その時間も惜しんで『青天霹靂』を『術式解散』で消し去った。彼の「眼」は『青天霹靂』の魔法式だけに焦点が合わせられていたのではない。三六〇度、方位に関わらず達也は光宣の実体を探していた。右側方から地を這うように飛んできた『熱風刃』を達也が破壊出来たのは、その成果だった。

 達也の『分解』により圧縮を解かれた熱風の刃が急激に膨張する。下が芝生だった為に砂埃で目潰しを喰らう事は無かったが、かなり強い風に思わず目を細めてしまう。瞼を半分閉じた状態で、達也は構わず地面を蹴った。右にではなく、左に。

 微かな焦りが、左に転じた達也の正面から伝わってきた。見つけられてしまった焦りだろうか。その気配の乱れが、光宣の正確な位置を達也に教えた。

 足下から這い上がる電光の魔法を、具現化の直前に消し去る。身体を拘束する減速の檻を、発動直後に分解する。浴びせられる空気弾と熱風の刃を、空気の圧縮を無効化する事で霧散させる。

 次々と襲いかかる光宣の魔法は、今や悉く致死性の威力を有していた。その全てを無力化して、達也は光宣を拳の間合いに捕らえた。

 達也が右手を突き出す。人差し指だけを伸ばし、他の指を折った一本貫手と呼ばれる形で。その指は、光宣の着ている服を貫き、皮膚を貫き、光宣の左腕、その付け根に深い穴を穿った。空手や拳法で指を鍛えた成果ではなく、達也は自分の指先を起点に『雲散霧消』を発動したのだ。

 肉眼や魔法的な視力で照準を付けるだけでは、九島家の秘術『パレード』に狙いを外されてしまう。だから至近距離まで接近して、ゼロ距離の『分解』を放ったのだ。

 これならば五感の全てで、視覚や聴覚だけでなく触覚までも騙されたとしても、相手の身体に当たりさえすれば確実にダメージを与えられる。

 光宣が悲鳴を上げ、パラサイトの精気吸収能力を使おうとしたが、達也はその前に指を抜いていた。今度は達也の左手人差し指が、光宣の右腕付け根を狙う。光宣は反応出来ず、右肩の内側にも穴を穿たれた。

 達也が光宣の身体から左手を抜く。ところがここで達也は思いがけない反撃を受けた。その左手首を、動かなくなったはずの光宣の左手が掴んだのだ。




動かないと思ってた物が動いたら怖いな……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。