劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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高校生が抱える問題ではないが


山積みの問題

 病室の水波には、ただ「光宣は帰った」とだけ伝えた。領域干渉は魔法の実行を妨げるもので、魔法の波動を遮断するものではない。達也が光宣と戦った事、その戦いが激しいものだった事は水波にも感じ取れていたはずだが、彼女は詳しい説明を求めなかった。

 達也は光宣の襲来について病院から真夜に報告し、警備の増員を要請してマンションに戻った。リビングのソファに腰を下ろした達也に、深雪がコーヒーを持ってくる。

 

「達也様、大丈夫ですか……?」

 

 

 空になったトレーを胸に出してローテーブルの向かい側に立っていた深雪が、達也におずおずと問い掛ける。一瞬とはいえ、達也が疲れている表情を浮かべたのを、彼女は見逃さなかった。

 

「苦戦はしたが、大丈夫だ」

 

「パラサイトとなった光宣君は、それ程までに手強い相手でしたか?」

 

「そうだな。光宣は元々魔法の発動速度が抜きん出ていたが、パラサイトとなった事で更に速くなっていた。それに、あの治癒再生能力が厄介だ」

 

「治癒再生能力ですか?」

 

「ミアに憑りついていたパラサイトがいただろ?」

 

「そういえばあの個体は、強力な自己治癒能力を持っていました」

 

「光宣に備わった治癒再生能力は、あの個体に匹敵するか、あるいはそれ以上だ」

 

「それは……確かに厄介ですね」

 

 

 深雪が表情を曇らせて呟く。

 

「だが本当に警戒すべきは、パラサイト由来の能力じゃない。光宣が本来持っていた力、そして、もう一人の力だ」

 

「本来の力と……もう一人、ですか?」

 

「ああ。光宣はエレメンタル・サイトの持ち主だ。以前からそうではないかと疑っていたし、響子さんもそうかもしれないと言っていたが、今日確信した」

 

 

 光宣は達也がフラッシュ・キャストで発動しようとした魔法を、逆の事象改変を定義する魔法をぶつけることで無効化した。あれは、偶然では無かった。予測を的中させたのでもない。相手、つまり自分が出力した魔法式を読み取った結果だと達也には分かった。

 

「それはっ! ……達也様。それで、もう一人、というのは……?」

 

 

 達也のセリフに驚愕の声を上げたが、それを疑うセリフは沸いてこなかった深雪は、別の疑問を達也に投げ掛ける。

 

「どういう経緯なのかは分からないが、光宣は周公瑾の知識と魔法技能を取り込んでいる」

 

 

 深雪の問いかけに対する答えを、達也は躊躇う事なく告げる。常識的にはあり得ない事なのだが、常識以上に確かな事実を彼は感じ取っていた。

 

「周公瑾とは、あの周公瑾ですか!?」

 

「そうだ」

 

「光宣君が……例えば、周公瑾が残した魔法解説書を見つけて、その内容を会得したという意味でしょうか?」

 

「そうじゃない。あえて分かり易い表現を使えば、光宣は周公瑾の亡霊を吸収したのだと思う」

 

 

 達也の言葉を常識の範囲内で解釈した深雪の考え方を、達也は否定した。そう考えておく方が心を掻き乱されることは無いだろうと理解は出来たが、達也は誤魔化す事をしなかった。

 達也の言葉を受けて、深雪が片手で口を押える。両手でなかったのは、もう片方の手には胸にトレーを抱いているからだ。

 

「……九島家には、そんな魔法まであったのでしょうか?」

 

「亡霊との一体化を目的とするような魔法は、いくら何でもなかったはずだ。それは、現代魔法の目的から外れている。しかし精神体を支配する魔法ならば、あったと思う」

 

 

 達也は一旦言葉を切って、深雪に分かり易い例を記憶の中から引っ張り出した。

 

「例えば、パラサイドール。あの人型兵器を完成させるためには、パラサイトの本体を制御する魔法が必要だ。光宣はその種の魔法を応用して、周公瑾の残留思念を取り込んだのではないか。あいつは今日の戦いで『奇門遁甲』を使用したが、あの使い方は周公瑾のものだった」

 

「そうですか……」

 

 

 正直なところ深雪には、何ヶ月も前に死んだ魔法師の亡霊を自分の中に取り込んだりすることが出来るというのは信じ難かった。だが、それが達也の言葉ならば、深雪は信じる事が出来た。

 

「……対策を立てねばなるまい。旧第九研の魔法と、大陸流の古式魔法と、パラサイトの異能。この全てを兼ねそなえた相手に、普通の戦い方で対抗するのは難しい」

 

 

 そこで達也は、物憂げに眉を顰めた。

 

「それに、九島閣下にも光宣の事を伝えなければならない。母上が言わないようなら、俺の口から申し上げねばならないだろう。その上で、九島家の助力が必要だ」

 

 

 ただでさえディオーネー計画への対策にリソースを割かねばならないのに、それに加えてこの問題だ。達也が憂鬱な気分になったのも、当然と言える。

 

「達也様、藤林さんを介して九島閣下にお会いする事は出来ないのでしょうか?」

 

「電話で済ませられるなら、それが一番早い。わざわざスケジュール調整をしてまで会いに行く暇が、今は無いからね」

 

「私が行きましょうか?」

 

「いや、あの老魔法師と深雪を二人きりで会わせるわけにはいかないからね。まだ野心が無くなったとは判断できない」

 

「そうですか……」

 

 

 達也がそこまで烈を警戒しているとは思っていなかったのか、深雪は警戒心を露わにしている達也を、立ったまま心配そうに見つめたのだった。




何時になったら平穏な日常が戻って――最初から無いか……

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