劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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気にし過ぎな感じもしますが……


真由美の懸念

 会議室の後片付けは魔法協会の職員が受け持ったため、達也は克人と共に退室してエレベーターホールに向かう。二人は並んで歩くのではなく、達也が克人の一歩斜め後ろに位置している。真後ろで無いのは、死角に入るのを避けたためだ。克人が嫌ったのではなく、達也の方で気を遣った結果だ。

 二人の間に会話は無い。共に無言で足を進めている。それも当然というべきか。二人の間で演じられた戦いは、彼ら二人でなければどちらかが死んでいておかしく無いものだった。それからまだ、一ヶ月も経っていない。互いに敵意を見せないだけで、二人ともできていると言えよう。あるいは、戦いに身を置く者の心得か。

 しかし二人の沈黙は、エレベーターホールの死角に潜んでいた人物の声で破られた。

 

「達也くん、十文字くん、会議は終わったの?」

 

「七草……何故ここに?」

 

 

 先月の衝突の際居合わせた一人だったにも拘わらず、能天気に話しかけてきたのは真由美だった。克人は素で驚いているようだが、達也は気配で真由美がここにいる事も、何が聞きたいのかも何となく分かっているので、無表情のまま克人に真由美の相手を任せた。

 

「気になったから」

 

 

 真由美のあっけらかんとした答えに、克人がこめかみを押さえる。その気持ちはよく分かる、と達也は思った。

 

「会議は終わった」

 

「意外と早かったのね。それで、どんな結論になったの?」

 

 

 家で達也に聞け、と克人は言おうとした。だが真由美がこの場に潜んでいた事と、達也が真由美の相手をしなかった事から、話さなければ引き下がらないという事を理解し、小さくため息を吐いた。真由美がそういう女性であると、克人も長い付き合いで知っているのだ。

 

「……ここでは話せん」

 

「じゃあ、談話室に行きましょう」

 

 

 魔法協会には、他聞を憚る相談をする為の個室が幾つも用意されている。真由美は常連という程ではないにしても、この個室を度々利用している。

 

「達也くんも」

 

「……いいですよ」

 

 

 達也は「喜んで」ではないが、真由美の誘いに頷いた。どうせ今から一高に行ったところで、授業に間に合うわけでもないし、深雪たちの迎えにもまだ余裕がある。

 真由美を先頭に、克人、達也の順にエレベーターホールから談話室に向かい、部屋に入って真由美が最初にしたことは、お茶を淹れる事だった。

 

「達也くんも紅茶でいいかしら?」

 

「お任せします」

 

 

 真由美が三人分の紅茶をテーブルに並べて腰を下ろす。ポジションは克人の向かい側、達也の隣だ。

 

「冷めない内に飲んで?」

 

 

 お薦めという名の強制を受けて、達也と克人がティーカップに口をつける。全員がカップをソーサーに戻したところで、克人が真由美に目を向ける。

 

「それで、何が聞きたい」

 

「全部」

 

「会議のテーマが何だったか、七草は知っているのか?」

 

「光宣くんがパラサイトになった。その対策、でしょ?」

 

 

 会議の内容を知っているにしては、真由美の口調が軽い。達也はそれが気になった。克人も同じことが気になっているのか、訝しむ視線を真由美に向けている。

 

「本当に意味を理解しているのか? 光宣殿とはそれなりに親しかったはずだが」

 

「当然理解しているわ。私も前回のパラサイト騒動に関わっていたのよ。まぁ、あまり役には立たなかったけど」

 

 

 付け加えられた最後のフレーズに少しだけ不満の色が滲んでいるが、それ以外は真由美は冷静そのものだった。

 

「……光宣がパラサイトになったと分かっているなら、結論も想像がつくのではありませんか?」

 

「光宣くんを捕まえて、封印するなりパラサイトを引きはがすなり処置する、でしょ? でも具体的にはどうやって捕まえるの?」

 

 

 達也と克人が目配せし合う。真由美に話しても良いのか、という確認と、どちらが話すのかという相談。口を開いたのは、克人だった。

 

「……光宣殿が桜井水波嬢を攫いに来るのを待ち伏せて捕らえる」

 

「十文字くんが?」

 

「いや、七草殿がこの役目を引き受けられた」

 

「えっ、家……? 桜井水波さんって、香澄ちゃんのクラスメイトの『桜井さん』よね?」

 

「はい。水波と妹さんはクラスメイトです」

 

「高校二年生の女の子を囮にするの? 達也くんはそれで良いの?」

 

「我々の思惑に関係なく、光宣はまた、水波のところに来ます」

 

「桜井嬢が入院している病院は四葉家が、病院の外は我が十文字家が警備に当たる。桜井嬢の身の安全は、決して蔑ろにしていない」

 

「ガチガチに警戒してたら、光宣くんだってさすがに、のこのこやって来ないんじゃない?」

 

「その場合は別の策を考えるだけだ」

 

 

 真由美が示した懸念に、克人はきっぱりと答えた。

 

「そう……それで、達也くんと十文字くんは手を取り合ってこの事態の解決に当たるのよね?」

 

 

 真由美の意図が理解出来ず、克人は眉を顰めたが、達也は「お節介な人だ」と、彼女の善良さに心の中で唇を綻ばせた。

 

「この件に限らず、十文字家と四葉家は十師族の一員として協力関係にあります。一時的な対立を何時までも引き摺ったりはしませんよ」

 

「そう……」

 

 

 達也の回答に、真由美は笑みを浮かべてそう呟く。それで漸く真由美が何を気にしていたのか理解した克人は、達也と顔を見合わせて片眉を一度上に動かしたのだった。




今年も残り二ヵ月になってしまったな……

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