明日から三日、独立魔装大隊の訓練も、第三課での開発も無く、達也は珍しく予定が空いている。去年はこの予定の谷間には深雪の家庭教師が入っていたのだが、今年は彼女の為に使おうと考えていたのだ。
「そうなの。それじゃあどこかに出かけましょうか」
「俺は怜美にあわせる。どこか行きたい場所は無いか?」
「そうね……海にでも行きましょうよ」
「海? 別に日帰りじゃなくても大丈夫なんだが」
「もちろん泊まりでよ。でもあまり遠いと移動が大変だから、近場にしましょ」
こうして明日から二泊三日での旅行が計画されたのだった。もちろん達也には深雪のガーディアンとしての責務があるのだが、真夜も葉山も達也をそれに縛り付けるのは忍びないという考えの持ち主なので、こういった場合には代理のガーディアンを都合してくれるのだ。
『分かりました、達也殿。ごゆっくりお休みください』
「すみません葉山さん、ではお願いしますね」
『お待ちを。真夜様が達也殿とお話したいと』
「叔母上が?」
疑問に思いながら、達也は真夜の話を聞いた。その内容に達也は少し驚きを覚えたのだが、それだけ自分を案じてくれているのだと感謝の言葉を真夜に伝え通信を切った。
「お兄様、深雪は明日から三日お兄様と離れ離れになるのですか?」
「安心しろ。ちゃんと眼は残しとくから」
「夜にお電話ください。でないと深雪は眠れません!」
「やれやれ、深雪も良い人が見つかれば良いんだけどね」
年頃の娘を持つ父親のような事を言いながら、達也は深雪の頭を撫でる。さっきの真夜の言葉で、達也は後は自分の覚悟次第だと考えているのだ。
「お兄様以上に良い人など存在しません! ですが、何れはお兄様も安宿先生と……」
「深雪?」
「な、何でもありません!」
こうして、妹を何とか納得させ、達也は怜美との旅行を楽しむ事が出来るようになったのだ。
達也が制服を着ていなければ、怜美と並んでいても教師と生徒には見られない。それどころか怜美の見た目と、達也の落ち着いた雰囲気から、達也の方が年上に見られることもしばしばなのだ。
「やっぱり海は良いわね~」
「そうだな」
浜辺でも達也はしっかりと上着を羽織っている。怜美には説明してあるし、見せた事もあるのだが、一般の人も居る海岸で、達也の肉体を見せるのは憚られるのだ。
「俺の事は気にせず、怜美は泳いで来たら如何だ?」
「実は私、泳げないのよね~」
「……じゃあ何で海に行きたいなんて言ったんだ?」
「こうしてのんびりしたかったのかもね。それに、達也君もゆっくり出来るでしょ?」
さすがは大人、なのかは兎も角、怜美は達也の事を考えて海に行きたいと言ったのだ。
「ありがとう。でも、次はちゃんと自分の事も考えてくれ」
「はーい。やっぱり達也君は優しいわね」
「俺が? 冗談キツイぞ」
達也本来の魔法も、既に怜美は聞いている。そして九校戦の期間に無頭竜の東日本支部の人間を消滅させた事も……だから達也は自分が優しい人間だとは思っていない。
「ううん、冗談でも嘘でも無いよ。君はホントに優しい男の子なんだよ」
「……怜美には敵わないな」
座っている達也を立ち上がり抱きしめる事で自分の胸に頭を埋めさせる。恋人同士だからじゃれあいで済むが、もし教師と生徒だと理解した上で見たら問題行為だったかもしれない事だ。だがこの場に達也が高校生だと見抜く眼力の持ち主は居ない。だから怜美も積極的になれたのかもしれないのだ。
「少し肌寒くなってきたな。部屋に戻るか」
「そうね。あまり風に当たってたら冷えちゃうものね」
保険医である怜美の言うように、周りの人たちも少しずつ浜辺から去って行っている。夏の昼は長いと言っても、必ず夜は来るのだ。
「怜美、食事を済ませたら話がある」
「話? 何かしら」
改まった達也の態度に、怜美は首を傾げる。本来の魔法、トーラス・シルバーといった事は既に聞いている怜美からしたら、これ以上何を改まる必要があるのだろうと思っても仕方ないのだ。
食事を済ませ、達也の話を聞く体勢を取った怜美だが、達也が珍しく迷ってるのを見抜き、達也を抱きしめる。
「大丈夫、私は何があっても達也君の彼女だから」
「怜美……ありがとう」
その言葉で決心がついたのか、達也の目は何時ものように鋭さを取り戻していた。
「魔法事故の事は前に話したよな。俺の感情がほぼ無くなった話をした時に」
「ええ、聞いてるわ」
「そして本来の魔法の事も話したな。生まれつきの魔法演算領域を二つの魔法に占められてるのも」
「ええ。最高難度の『分解』と『再生』よね」
怜美は何故達也が改まって確認してくるのか理解出来なかった。だが、達也が無駄話を興じる為にこの話題を選んだとも思えない。だから怜美は混乱していた。
「だけど俺は少しなら魔法を使える。これは、精神干渉魔法を使って人工的に演算領域を作ったからだ。感情が無くなったのはそれが原因だ」
「……そんな非人道的な実験、何処の研究所でも行ってないはずだけど」
「普通の研究所ならな。この実験を計画したのは、俺の母親であり現四葉家当主の姉である司波深夜、旧姓四葉深夜だ」
「えっ……それじゃあ達也君、貴方たち兄妹は……」
「深雪は四葉家時期当主候補筆頭だ。そして俺はそのガーディアンだ」
衝撃の告白に、怜美は何時もの雰囲気を保っていられなくなる。達也本来の魔法の話の時も、独立魔装大隊の話の時も、怜美は柔らかい雰囲気を保っていたのだが、さすがに今回はそうもいかない。何せ恋人が十師族、それも最も力があると言われている四葉だと告白してきたのだから……
「何でそんな事を私に……この話っておいそれと他人にして良いものじゃないんでしょ?」
「そうだな。だが当主である叔母上から許可は貰ってある。『本当にその人の事が好きなら洗いざらい話しても良い』とな。だから、これが俺の覚悟だ。怜美、俺はお前が本当に好きなようだ」
恋愛感情が希薄で、今まで自分から好きと言わなかった達也が、初めて怜美に好きと言った。それはつまり本当に怜美を恋人として想えているという事なのだ。
「嬉しい……私、達也君は私が告白したから付き合ってくれてたんだと思ってた」
「まさか。俺はちゃんと怜美が好きで付き合ってたんだが」
「だって、ずっと言ってくれなかったでしょ?」
「それは俺に覚悟が無かったから。怜美と一生添い遂げる覚悟が」
「一生?」
怜美は、達也の言葉に引っかかりを覚えた。
「俺が四葉縁者だと知っているのは、身内を除けば魔装大隊の仲間と師匠だけだ。そして俺が直接この事を話したのは怜美が初めてだ。当主からも言われたように、本当に好きなんだろうな。だから俺は怜美と一生一緒に居たい」
「それってプロポーズ?」
「そうだな。半分はそのつもりだ」
「半分なの?」
「俺はまだ学生だからな。もう一度卒業したら言うさ」
「じゃあ、私を達也君のものにしてください。私を傷物にして」
教師が生徒を誘惑したとなれば、懲戒処分ものだろう。だがこの部屋に居るのは教師と生徒では無く、一組の男女なのだ。そんな無粋な事は達也も怜美も考えず、二人は一つになったのだ。
大人の付き合いは難しいですね……