劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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内乱の序章

 達也が一日中胸騒ぎを覚えていた六月十八日、火曜日。USNAでは日付が変わったばかりで、時刻はまだ午前五時にもなっていない。幾ら軍人でも、ミッション中でもなければまだ眠っている時間だ。

 

「夢見の所為かしら……」

 

 

 夜も明けぬ内に目を覚ましてしまったリーナは、ベッドの上で身体を起こして思わず独り言ちた。どんな夢だったからは、朧げに覚えている。いい夢だったとは言い切れないが、ストレスの発散にはなった気がする。少なくとも気分は、寝る前に比べてスッキリしていた。

 リーナは元来、寝起きがあまり良くない。ホームオートメーションに淹れさせた苦いコーヒーを無理矢理流し込んで強制的に意識を覚醒させるのが、軍人時代の習慣だっだが、軍を抜けてからは、その必要を感じない。

 今は六月。日中は二十七℃を超える事も当たり前な季節だが、日の出前のこの時間なら精々十六℃くらい。散歩するにはちょうどいい。リーナはその考えを、即実行に移した。

 とはいえ、リーナは年頃の女の子。自分の部屋を出る前にやるべき事は山ほどある。もう軍人でもないのだから、手を抜く言い訳も出来ない。身支度を整えて外に出たころには、空が白み始めていた。

 それでもまだ、基地の敷地内に動いている人影は殆どなかった。「全く無かった」ではないのは、当直の兵士や整備員が起きているからだ。時々見かける仕事中の彼らの姿に心の中で「ご苦労様」と声をかけ、リーナは訓練用のグラウンドを回り込んで基地の内外を仕切るフェンス際まで足を進めた。ここはUSNAの旧本国。分離独立を主張する武装勢力の手も、ここまでは届かない。紛争地帯のように、フェンスの側に立っていても狙撃を心配する必要は無い――はずだった。

 殺意は音も無くやってきた。不可視の狙撃をリーナが避けたのは全くの偶然だった。いや、避けたとさえ言えないだろう。高エネルギーレーザーは、リーナの幻影を貫いて内側からフェンスを焼いた。リーナが偶々散歩がてらの自主トレで『パレード』を自分から一ヤード離して展開していなければ、狙撃はリーナの即死という形で成功していただろう。

 しかしリーナがショックを受けたのは、危うく死を免れたことについてでは無かった。もちろん狙撃を認識した時には肝を冷やしたし、命拾いした事については心からホッとしていた。だが彼女の心に衝撃を与えたのは、それが基地の中からの攻撃だったという点にあった。

 

「叛乱!?」

 

 

 時間差で迫る対人ミサイルを移動魔法で跳ね飛ばし、熱と破片を魔法障壁で防ぎながら、狙撃の射線を辿って倉庫の屋上へ目を向ける。

 

「ジャック!? やっぱり!」

 

 

 そこには、伏射の姿勢でライフルのような物を構えている男性の姿があった。倉庫までの距離は百メートル以上ある。まだ薄暗い事もあって、肉眼では誰だかよく分からない。だがその男が放っている想子波動は確かに、リーナが知っているスターズ隊員のものだ。

 スターズ第三隊一等星級隊員、ジェイコブ・レグルス中尉。愛称はジャック。得意とする魔法は、ライフルに似た武装デバイスで放つ高エネルギー赤外線レーザー弾『レーザースナイピング』。たった今、リーナに向けられた攻撃はまさに『レーザースナイピング』だった。

 

「ジャック! 何故私を狙うんですか!?」

 

 

 リーナの問いかけに対する答えは無い。返事の代わりに高まる魔法の気配に、リーナは電磁波反射魔法『ミラーシールド』を展開した。『レーザースナイピング』の光弾を『ミラーシールド』が反射する。『レーザースナイピング』は音も無く、使用した銃弾も残さない狙撃に適した魔法だが、発射までに一秒前後の溜めが必要になるという欠点がある。魔法発動に必要となる時間ではなく、光の増幅に必要な時間だ。魔法発動の気配を感知してから展開したシールドで撥ね返す事が出来たのは、この性質によるものだ。

 一方で『ミラーシールド』はシールドの向こう側からやってくる電磁波を全て反射する。当然、可視光線も。シールドを張っている最中、敵の姿はシールドに遮られて見えなくなる。

 『ミラーシールド』を解除した時、倉庫の屋根にレグルスの姿は無かった。リーナは魔法探知を最高レベルに引き上げて倉庫に向かい駆け出す。彼女の探知に、魔法を帯びた飛来物が引っ掛かった。スターズの戦闘魔法師の間で共有されている魔法『ダンシング・ブレイズ』だ。

 

「アレク!?」

 

 

 この「ダンシング・ブレイズ」に宿る想子波動は、アレクサンダー・アークトゥルス大尉のものだ。リーナの魔法感覚は、彼女にそう告げた。リーナが『領域干渉』を放つ。自分を中心に展開するのではなく、飛来する四本のナイフに重ねるように自分の事象改変力をぶつける。渦を巻くような曲線軌道でリーナに迫っていたナイフは、コントロールを失って放り出されるように地面に落ちた。

 

「第三隊隊長のアレクまで叛乱に加わっているというの!? それとも……」

 

 

 それとも、自分に対する私怨なのか。リーナはそのセリフを口に出来なかった。独り言とはいえ、その疑惑をはっきり言葉にするのは、まだ十七歳の彼女には辛過ぎたのだ。




元隊長とはいえ、十七歳の小娘ですから……

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