劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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よく格納庫が無事だよな……


格納庫での攻防

 自分が嫉妬される立場だったと理解はしていた。だがリーナは、スターズの仲間と上手くやっていたつもりだったのだ。第四隊のベガやデネブにはしょっちゅう嫌味を言われていたが、本気で嫌われているわけではないと思い込んでいた。しかし今の彼女に、くよくよ悩んでいる暇は無かった。

 追撃の『ダンシング・ブレイズ』が迫る。今度は四本ではなく、一本。ただし、質量がずっと大きい。

 

「(トマホーク!?)」

 

 

 この攻撃は、領域干渉では無力化出来ない。アークトゥルスは白人と黒人の先住民のハイブリッドで、血統的には先住民のクォーターなのだが、魔法の面ではその血を色濃く受け継いでいた。古式魔法には、武器に「念」を注ぎ込んで魔法的に強化し他者の魔法を受け付けなくするという技術が、世界的に広くみられる。アメリカ先住民の魔法にもこの技術があった。そしてアークトゥルスはその技術を使い強化した片手斧を対魔法師戦闘の切り札にしている。白兵戦の武器としても用いるが、もっぱら移動系魔法で投擲武器として使う戦い方が、アークトゥルスの十八番だ。彼のトマホーク攻撃は、リーナの領域干渉でも堕とせない。

 それを知っているリーナは、水平に飛んで躱した。地面すれすれの空中を一気に二十メートル近く、すべるように移動する。着地するなり『ミラーシールド』を再展開。着弾の手応えと同時に、リーナは遮蔽物を求めて走り出した。リーナは特殊車両の格納庫に飛び込んだ。

 特殊車両と言っても、重機や戦車ではなく、加法を利用した短距離であればそれを飛ぶ自走車とか、海底を走るワゴン車とか、ライディングスーツと一体化して強化外骨格に変形するバイクとか、一部実用性を度外視した実験兵器が格納されている倉庫だ。今日は飛行機能付き自走車の長距離走行テストをすると、リーナは聞いていた。扉が開いているのは整備員が出入りしているからだろう。

 

「シリウス少佐です! 中にいる者は全員ここから離れなさい!」

 

 

 リーナは整備員が逃げたかどうか、そもそも格納庫内に人が残っていたのかどうかを確かめる精神的な余裕が無かった。彼女は格納庫の入口横に片膝を突いて、恐る恐る外の様子を窺った。何も見落とさないように神経を研ぎ澄ませて、外から狙撃されないように慎重に敵を探す。

 リーナは落ち着いてアクシデントに対応しているように見えるが、実の所彼女は冷静とは程遠い精神状態にあった。頭のすぐ上の壁にくっついている電話機に気づければ、基地司令部に助けを求められ、今後の展開はまるきり別物になっていたかもしれないのだ。

 リーナの注意は格納庫の外に向いている。だが、そもそも彼女はアークトゥルスが何処にいるのか一度も把握していない。それに、敵はレグルスとアークトゥルスの二人とは限らない。背後から足下に転がされた手榴弾に対応できたのは、偶然に近かった。

 格納庫の壁は爆発に耐えた。その所為で逆に、いろいろな破片がリーナに降ってくる。魔法シールドの中で爆発とその余波をやり過ごしたリーナは、振り返ってクリアになった視界の中に犯人の姿を認めた。

 

「レイラ! 貴女もなの!?」

 

 

 スターズ第四隊、一等星級レイラ・デネブ少尉。北欧系の長身でグラマラスな女性が、リーナを憎々しげに睨んでいる。

 

「馴れ馴れしくレイラなんて呼ばないで欲しいわね。この裏切り者!」

 

「裏切り!? 何のことです!」

 

「とぼけるとか、往生際が悪い!」

 

 

 デネブが右手に持ったナイフを振りかざす。その直後、リーナを身長で十センチ近く上回る女性が目の前に立っていた。振り下ろされる戦闘用のナイフ。反射的に移動魔法を発動させたリーナが、格納庫の入口の反対サイドに出現する。サプレッサーで抑えられた銃声と、リーナのシールドに当たって床に落ちる潰れた弾。デネブが舌打ちを漏らした。ナイフと拳銃のコンビネーションは、彼女の得意戦法だ。

 リーナが移動魔法と同時に魔法シールドを張っていたのは、その記憶が頭にあったからにすぎない。

 

「恍けてなどいません! 私が何時裏切ったというのです!?」

 

 

 シールドを張ったままの状態のまま、リーナが叫ぶ。

 

「白々しい。だったらはっきり言ってやる。お前は総隊長の地位にありながら、男に迷って第六隊を日本に売ったんだ!」

 

「第六隊? ランディたちがどうしたというのですか!?」

 

「反省の欠片も無いって事ね」

 

 

 その声はリーナの背後から聞こえた。慌てて振り返るリーナ。すかさずデネブから背中に打ち込まれた銃弾は、再び対物シールドで弾く。デネブが銃弾に付加した貫通魔法よりも、リーナのシールド魔法の事象干渉力が上回った結果だ。

 だが新たな登場人物の攻撃は、思わぬ方向から来た。リーナの身体が、シールドごとうちあげられる。リーナに移動魔法や加速魔法をかけたのではなく、局所的な移動魔法だ。リーナを中心にして半径一メートルの円内の重力が逆転増幅されたのである。リーナは自由落下の十倍の加速度で格納庫の天井に叩きつけられたのだった。




モテない、出世できない女たちの嫉妬……

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