劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通に帰国させておけば、こんなことには……


基地からの脱出

 実はリーナは反論を諦めたのではなく、反論している余裕が無かったのだ。この車はピックアップトラックの形状をしており、その荷台がガタっと音を立てる。

 

「待てっ!」

 

 

 自分を高速移動させる魔法が得意なデネブが、疑似瞬間移動で荷台に飛び乗ったのだ。

 

「待たねぇよっ」

 

 

 しかしデネブは、すぐに車から降りる羽目になった。荷台に潜んでいた若い男が、彼女に飛びついて一緒に転がり落ちたのだ。

 

「ラルフ!?」

 

 

 デネブを道連れにして車外に転げ落ちたのは、ミルファクと同じスターズ第一隊二等星級のラルフ・アルゴル少尉だった。

 

「ここはアルゴル少尉に任せましょう! 揺れますからお気をつけて!」

 

 

 ミルファクの言葉に、リーナが慌ててシートベルトを締める。ピックアップトラックが飛んだ。基地のフェンスを越えて着地、そのままアルバカーキへ向かって走り去った。

 しばらく走り、基地が見えなくなって一息ついたのか、リーナは運転中のミルファクに説明を求めた。

 

「ハーディ、いったい何が起こっているのです?」

 

「正確な時間が分かりませんが五時前後、第三隊のアークトゥルス大尉とレグルス中尉を首謀者とした叛乱が発生しました。反乱に加わっていると現時点で判明している隊員は他に、第四隊のベガ大尉、スピカ中尉、デネブ少尉、第六隊のリゲル大尉、ベラトリックス少尉、アルニラム少尉、第十一隊のアンタレス少佐、サルガス中尉です」

 

「待ってください! シャルは第六隊のランディたちがパラサイトに憑依されたと言っていましたが、嘘ですよね!?」

 

「……残念ながら、事実と推測されます。第六隊の三人だけではありません。第三隊の二人と第十一隊の二人もパラサイト化していると推測されます」

 

「そんなっ!?」

 

「我々にその情報をもたらしたのは、第十一隊のシャウラ少尉です。彼女がアンタレス少佐とサルガス中尉の異常に気付き、カノープス隊長に指示を仰ぎました」

 

 

 第十一隊は全員が精神干渉系魔法に長けているが、シャウラ少尉は霊子波動に対する感受性と精神干渉系魔法に対する防御が特に優れている。彼女がパラサイトに侵されず、真っ先にその暗躍を察知したというのは説得力があった。

 

「その、リーナ殿はお部屋にいらっしゃらなかったようですので」

 

 

 ミルファクが言い訳がましく付け加える。リーナは気にしていなかったというより、気付いていなかったのだが、一応総隊長のリーナにではなく第一隊隊長のカノープスに相談した事を、リーナが不快に思ったのではないかと勘違いしたのである。

 

「私とアルゴル少尉が緊急招集を受けて隊長の部屋に集合した直後、アンタレス少佐の『ヒュプノス・ガーデン』が発動。我々はシャウラ少尉の『月蝕(ルーナ・イクリプス)』で難を逃れましたが、宿舎一帯の人間は我々以外、全員無力化されています」

 

 

 アンタレスが使った『ヒュプノス・ガーデン』は領域内の人間を眠らせる系統外魔法。広範囲に散らばる不特定多数の人間を対象にする分、強制力はそれ程強くない。一方、シャラウ少尉が使った『月蝕』はアメリカで『ルーナ・マジック』と呼ばれている戦闘用精神干渉系魔法による攻撃で、精神レベルで目標を見失わせることにより無力化するシールド魔法だ。彼女がパラサイトの同化を免れたのも、反射的に展開した『月蝕』のお陰だった。

 

「……これからどうするのですか?」

 

 

 リーナの声が不安に揺れていたのも、仕方がない事だった。彼女は常にスターズのバックアップを受けて活動してきた。今の状況では、それが望めない。逆に装備も資金も持っていない状態で、恒星級魔法師を何人も相手どらなければならないのかもしれないのだ。

 リーナの声が聞こえたわけではないだろうが、まるで彼女の問いかけに答えるように、ミルファクの胸ポケットでメールの着信音が鳴った。ミルファクは車を自動運転に切り替えて胸ポケットから端末を取り出す。彼の指が慌ただしく動いているのは、暗号を解除するためか。相当複雑な暗号が組み込まれている様子だった。

 漸く復号が終わったメッセージを、ミルファクが厳しい表情で一読する。彼は、読み終わった端末をリーナに差し出した。リーナが端末を受け取り、ミルファクは再び運転レバーを握る。

 

「リーナ殿、バランス大佐殿からのご指示です。隊長はリーナ殿に対する第三隊の襲撃を知った直後、バランス大佐殿に今後の方策を仰いだのです」

 

「ベンが?」

 

 

 リーナがごくりと息を呑んで、ミルファクの端末に目を落とす。バランスのメールを読みながら、リーナは驚愕に目を丸くした。

 

「――日本に!?」

 

 

 バランスの指示は、日本に脱出して四葉家の保護を受けろというものだった。

 

「……何故わざわざ……」

 

 

 バランスが手を回さなくても、ステイツを出国して日本までたどり着ければ、自分は四葉家の庇護下に入る事が出来る、という驚きと共に、わざわざ指示しなくても軍が自分を解放してくれれば、一刻も早く日本に帰ったのにというのが、リーナの今の心境だった。だが漸く帰れるというのに、リーナの表情はすぐれなかった。




体裁は大事ですからね……

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