劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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負け戦だと何故分からない……


一高上空での攻防

 ベゾブラゾフは昼過ぎに、小規模な改修を経た大型CAD『アルガン』のオペレーター席に座った。日本時間では正午前だが、新ソ連沿岸州の時計は日本の標準時より一時間進んでいる。ちょうど昼食時だが、ベゾブラゾフは食卓に目もくれず作戦の実施だけに意識を向けていた。

 前回の反省を踏まえ『アルガン』は『イグローク』が分子間結合力中和魔法により気化してもダメージを受けないように改良してある。また『アルガン』を繋いだ新シベリア鉄道の列車は、ウラジオストクの郊外ではなくその北方のウスリークス郊外に停めてある。前回の地理データを基に攻撃されない為の用心だ。

 連れてきた『イグローク』も前回の二体に対して、今回は五体。残された『イグローク』を全てこの作戦に投入する構えを取っていた。フォーメーションは発動用の外付け演算装置として『イグローク』を二体、ファイアウォール用を一体、予備を二体。USNAのスターズを相手にした時も、これほどの大盤振る舞いはしていなかった。それだけベゾブラゾフが、前回の雪辱を果たすべく今回のミッションに入れ込んでいる証拠だった。――達也の攻撃に怯えて、大型CAD『アルガン』を搭載した列車車両から転がり落ちるように逃げ出した。あの記憶が、ベゾブラゾフのプライドを苛んでいる。あの屈辱は、必ずや雪が無ければならなかった。放置している程に、段々頭がおかしくなる。それがベゾブラゾフの実感だった。そして、あの忌まわしい恥辱を忘れる為の唯一の道は、司波達也を葬り去る事だ。それがベゾブラゾフの意識に住み着いた妄執だった。

 コンソールに情報部から回ってきたデータを呼び出す。司波達也は現在、第一高校にいる。核融合炉プラントを企画するほどの頭脳の持ち主が高校で何を学習するのか、ベゾブラゾフにはさっぱり分からない。時間の無駄としか思えない。

 しかし学習面の意味は別にして、第一高校の内部に籠っているのは厄介だった。頑丈な鉄筋コンクリートの建物は、衝撃波で破壊するのが難しい。旧世紀のコンクリートではなく、第三次世界大戦中に開発された高強度の物だから尚更だ。

 だからといって『トゥマーン・ボンバ』は移動中の相手を狙うのには向いていない。二つの住まいは衛星写真から推測して、学校以上に頑丈だ。

 

「(衝撃波で窓を破壊し、霧を侵入させて内部から爆破する)」

 

 

 ベゾブラゾフはあらかじめ用意した作戦案の内、このプランをストレージから呼び出した。ベゾブラゾフの座る椅子が『アルガン』に吸い込まれていく。彼は『イグローク』を操って破壊と殺戮の曲を奏でる『ディリジォール』として、指揮棒を振る代わりにコンソールのスイッチを操作した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピクシーから能動テレパシーで警告が送られてくる。

 

「(ご主人様、魔法発動の兆候を探知しました。発動点は一高直上二百メートルです)」

 

 

 達也はその時既に、魔法式を複写して時間差で発動させる魔法技術『チェイン・キャスト』の発動をはっきり捉えていた。立ち上がり、懐から大型拳銃の形状をしたCADを引き抜く。

 今はまだ授業中、何事かと驚き、ざわめくクラスメイトには目もくれず、達也は天上を仰いでCAD:シルバーホーン・カスタム『トライデント』を真上に向ける。彼の動作には、一瞬の停滞も無かった。照準がピタリと固定された瞬間、彼は『トライデント』の引き金を引いてた。

 

 

 

 

 大型CAD『アルガン』内部に耳障りな警報が響く。コンソールに表示されている警告メッセージは、発動用の『イグローク』が魔法式展開の途中、一秒に満たない間に消し去られたというものだ。

 魔法式は魔法師が構築するもの。魔法演算領域における組み立てが終わっていても、それを目標座標に固定しなければ魔法は発動しない。魔法式を固定する一瞬の間に魔法師が殺されてしまえば、魔法は未発のまま霧散する。

 

「『イグローク』を予備の物に交換、急げ」

 

 

 ベゾブラゾフは『アルガン』の内部に留まったまま、外部の作業員に命じた。今度は逃げるわけにはいかない。彼は肉体の消失という不気味な死の影に怯えながら、交換作業の完了を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『トゥマーン・ボンバ』の発動を阻止するのは難しい。より正確に言えば『チェイン・キャスト』によって発動される『トゥマーン・ボンバ』を『術式解散』で無効化するのは難しい。これが二度にわたる対決から、達也が出した結論だった。『チェイン・キャスト』によって展開される魔法式は、一つ一つが少しずつ違う。その差異は、座標が離れる程大きくなる。グループ化して分解しようとしても、全てを一度には消しきれない。

 だからといって『術式解散』の連射で対応しようとしても、その途中で『トゥマーン・ボンバ』が発動し、強力な爆発に曝されてしまう。ならば、魔法の発動を元から絶つしかない。それが達也の作戦だった。

 前回の戦闘で『トゥマーン・ボンバ』の発動元を逆探知するノウハウは取得している。『チェイン・キャスト』が始まった瞬間、その魔法的な経路を逆にたどり、術者を三連分解魔法『トライデント』で分解する。『チェイン・キャスト』は魔法式を広範囲に複写固定した後、その全ての魔法式を同時に作用させる技術だ。魔法式の広域敷設というステップを踏む分、単純に一個体を分解する『トライデント』の方が速い。対象が二個体になろうと、その程度は誤差の内だ。これは博打ではなく、明確な勝算に基づいたカウンター攻撃による防御だった。




一回視られた攻撃で、達也が倒せるわけないだろ

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