劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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戦略級魔法を使わなくても、達也は危険だとよくわかる


一瞬の撃退

 達也のカウンター攻撃には気づかずに、新ソ連では急ピッチで『イグローク』の交換作業が行われていた。

 

「『イグローク』交換完了」

 

 

 作業員の報告に応える事はせず、ベゾブラゾフはコンソールの衛星映像を凝視した。前の『トゥマーン・ボンバ』が未発に終わったので、目標上空の待機状態に変化は無い。相変わらず厚い雲の下で雨が降り、風は殆どない。再攻撃はすぐに可能だ。

 前回の戦闘で、二体の『イグローク』を消し去った後に、分子間結合力を中和する魔法の第二波は襲ってこなかった。あの現象をシミュレーションした結果は『アルガン』の演算能力でも発動に五分以上かかるというもの。それ程までに複雑な魔法だったと推測された。携帯用のCADしか持っていない状態で、連射が出来るはずがない。仮に出来たとしても、十分以上の時間を要する。ベゾブラゾフはそう計算していた。

 それならば『トゥマーン・ボンバ』の第二射が先に発動する。念の為第三射が可能なように『イグローク』を一体ずつ使用するように設定を変更して、ベゾブラゾフは今度こそ司波達也を葬るべく、自身の魔法演算領域に『アルガン』が組み上げた起動式を流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベゾブラゾフが勝利を確信している頃、達也は全神経を一点に集中していた。

 

「(『トゥマーン・ボンバ』の発射地点を確認)」

 

 

 自らがカウンターで放った『トライデント』の「記憶」を基に『トゥマーン・ボンバ』が一高直上に投射された経路を意識内で再現した。

 

「(対象を術者が接続されていたCADに変更)」

 

 

 魔法師とCADの間には、魔法の発動中密接な関係性が発生する。情報的にCADは魔法師の一部となり、魔法師はCADと共に「魔法」というシステムのパーツになる。それは魔法師に魔法を押し付ける大型CADの場合でも同じだ。達也は『アルガン』を照準内に収めた。

 

「(戦術目標、貨物車両型CADの完全破壊)」

 

 

 達也が「視」ているCADの中で、魔法式構築のプロセスがスタートしている。しかしまだ、起動式の読み込み段階だ。相当複雑な起動式らしく、一秒以上が経過しても読み込みが完了していない。達也の分解魔法も、本来であればそれと同等、あるいはそれ以上の準備を要する。しかし達也の魔法演算領域は、『分解』と『再成』に特化している。『分解』と『再成』用のサブシステムがあらかじめ準備されていて、そこに追加データを入力するだけで極めて複雑な魔法が発動可能になっている。故に、「物質を元素レベルに分解する」「情報体を想子レベルに分解する」という複雑な処理を、極短時間で実行出来るのだ。

 

「(『術式解散』、『雲散霧消』、発動)」

 

 

 大型CADの周りに発生している事象干渉力の力場を分解し、『アルガン』を元素レベルに分解する。千キロを越える距離を挟んで、一瞬で二種類の魔法を連続で発動させることが出来るのも、彼がこの魔法――『分解』を使用する為のシステムを、他の魔法技能をある程度犠牲にして精神内に備えているからだ。

 情報分解の魔法と、物質分解の魔法が、連続して発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベゾブラゾフは最初、地震が起こったのかと思った。目の前の光景が、二重に霞む。だが身体は揺れを感じていない。それ以上の錯覚を感じる余地は無かった。

 落下の感覚。それは錯覚ではなかった。自分が座っている椅子が、いきなり自分の体重を支える機能を失う。椅子だけではない。コンソールも、床も、壁も、全てがあやふやにある。床が抜ける。天井が落ちる。壁が崩れる。全てが砂になる。塵になる。

 地面に強く打ち付けられて、ベゾブラゾフは呻いた。すぐには立ち上がれない程の痛みだ。ダメージは身体だけでは無かった。外側からの痛みだけでは無かった。

 頭が内部から、酷く痛む。何も考えられない。それがCADとの接続を強制的に断ち切られたショックによるものだと、気付けない程の頭痛だ。

 それでも、頭から被った砂を鬱陶しく感じた。苦労して上体を起こし、頭の砂を払いのける。その砂が『アルガン』の残骸だと気付く思考能力は、今のベゾブラゾフには無い。目の前に、ウスリースクの景色が広がる。自分が外に放り出されたと、その景色を見て漸く認識する。

 ベゾブラゾフは激しい頭痛の中で、呆然と座り込んでいた。三人の『イグローク』の心臓が、CADとの接続を強制切断されたショックで止まっていた。その騒ぎも、ベゾブラゾフには聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分のカウンター攻撃により『チェイン・キャスト』が止まった事を確認して、達也は無言で席に座った。

 

「(敵魔法の兆候消失。マスターの魔法情報を抜いて、今回の攻撃データを保存します)」

 

 

 ピクシーに事前に指示しておいた事で、達也は能動テレパシーに答える事なく目を瞑る。

 

「あの、達也さん……今のはいったい?」

 

 

 隣から美月が声をかけてきたが、似たような視線はクラスの至る所から向けられている。

 

「後で説明する」

 

「わ、分かりました」

 

 

 有無を言わせないような感じはしなかったが、それ以外に答えようがない雰囲気を感じ取った美月は、大人しく引き下がった。またクラスメイト達も、達也に声をかけるような事はしなかった。




声をかけられる雰囲気じゃないしな……

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