劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1531 / 2283
情報網が張り巡らされているのだろう


耳の早い人間

 新ソ連からの戦略級魔法による長遠距離攻撃があった翌日、さすがにまだ騒ぎにはなっていないが、情報に敏感な人間の耳には、ベゾブラゾフが一高を襲撃しようとして失敗したという事が入っていた。

 

「潮君、難しい顔をしているけどどうかしたのかしら?」

 

「いや、まだ正式発表はされていない情報なんだが……」

 

 

 その前置きをする場合の潮は明るい話題の時が多いのだが、今の表情は非常に難しい顔をしている。あまり良い話ではないのだろうと理解しながら、紅音は視線で潮に先を促した。

 

「前に伊豆高原に放たれた長遠距離魔法攻撃の事は、紅音も知っているね?」

 

「えぇ。奇跡的に死者は出なかったとはいえ、侵略だと騒いでいたもの」

 

 

 それがどうかしたのかと、紅音は視線で潮に尋ねる。話の流れからして無関係ではないのだろうと理解はしているが、今の紅音に魔法に関する情報を集める能力は無い。

 

「……昨日の正午少し前、一高上空のセンサーに前回伊豆高原で観測された長遠距離魔法攻撃の兆候が感知されたらしいんだ」

 

「一高上空ですってっ!? それで、雫は無事なのよね?」

 

「あぁ、雫だけでなく、誰一人怪我を負ったという情報は入ってきていない。それどころか、魔法が放たれたという情報すら入ってきていないんだ」

 

「……どういう事なの? 前回の遠距離魔法攻撃は、新ソ連の戦略級魔法師、ベゾブラゾフの魔法だって言われているのよね? ベゾブラゾフが『トゥマーン・ボンバ』の発動を失敗したというわけではないのでしょう?」

 

 

 戦略級魔法を放つ際に、どのような手順を踏むのかは知らないが、失敗するような魔法ではないと紅音は思っているし、実際戦略級魔法の発動に失敗したなどというニュースも流れていない。そもそも襲われたというニュースすら流れていないのがおかしいのだが、紅音はその事に気付いていない。

 

「僕も詳しい話は分からないんだけど、とにかく一高に通う生徒は全員無事。建物も倒壊などの心配はないし、前回と同じ魔法が放たれたというデータは一切無いんだ。観測データを見る限り、急に兆候が消え去ったようなんだけど、あの場所から新ソ連から放たれた魔法に対抗出来るとは思えないんだ……僕はそれ程魔法に詳しくないからなのかもしれないが、紅音はどう思う?」

 

「少なくとも、私には出来ないわね。いえ、ほとんどの魔法師には不可能でしょう。ただでさえ奇襲なのに、それに対抗する事が出来る魔法師が数多くいるはずもない。ましてや高校生と考えるのなら、絶対に不可能よ。それこそ同じ戦略級魔法師でない限り」

 

「やはりそうなのか……」

 

 

 魔法の知識に乏しい潮だけでは判断できなかったが、かつてA級魔法師として活躍していた紅音の話を聞いて、潮は眉間の皺を更に深くした。

 

「一部では司波達也くんを亡き者にしようとしたと言われているのだが、戦略級魔法というのは、そう簡単に使って良い物では無かったはずだ。今回は言い逃れが出来ない証拠がある以上、新ソ連は暫く大人しくするしかなくなるだろうね」

 

「それなら潮君にとっても悪い話じゃないんじゃないの? 何がそこまで気になっているの?」

 

「いや、この件で一番得をするのは司波君だ。世論を味方に付けられるし、ディオーネー計画についても世間が見直すきっかけになるだろう」

 

「それが?」

 

「もし司波君が新ソ連からの攻撃を予知していたのなら、あの攻撃を退けたのも司波君、という事になるんじゃないかい?」

 

「彼は『あの』四葉家の御曹司ですもの。それくらい出来るんじゃないのかしら?」

 

「僕には四葉家がどれ程の力を持っているのか分からないが、紅音がそういうならそうかもしれないな。それか、四葉家の魔法師が側にいて、秘密裏に処理したのかもしれないし」

 

「あの学校には御曹司だけじゃなくて、元次期当主候補筆頭だっているのだから、四葉家が監視していても不思議ではないわ。兎も角、雫が無事ならそれで良いじゃないの」

 

 

 既に魔法界から離れて久しい紅音は、裏でどのような動きがあったにしろ、娘が無事ならそれでいいという考え方をしている。潮も雫やほのかが無事なのは嬉しいが、どうしても裏で何が行われているのかが気になってしまっている様子だが、先に自分で言ったように、彼は魔法の事には敏くない。知識もなければ、それを感知する能力も備わっていない。

 

「というか、新ソ連の戦略級魔法師が日本の建物を狙って攻撃した証拠があるなら、近いうちに政府が動くんじゃないのかしら? そうなれば事の真相もはっきりするんじゃない?」

 

「そうだと良いんだけど……君の話を聞く限り、十師族というのは政府であろうが介入出来ないんだろ? 何があったのかをはっきりさせることは出来ないんじゃないかい?」

 

「例え四葉家が何かしたとしても、それは雫を――他の一高生全員を助ける為にしたことなんだから、そこまで気にする必要は無いんじゃないかしら? そもそも、司波君は何があっても例のプロジェクトを撤回するつもりは無いんだろうし、潮君が難しく考え過ぎなんじゃない」

 

「そう…だね……僕の考え過ぎだったかもしれないね」

 

 

 口では紅音の意見に賛同したが、潮の疑念は晴れなかった。それでも、達也のプロジェクトから手を引くつもりは無いので、暫くはその事を考えないようにしようと心に決めた潮であった。




結局はそこに帰結する親バカ夫婦……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。