日も暮れて辺りが暗くなり始めたころ、九重寺に来客が訪れていた。無論、達也ではない。もし達也が訪れたとしたら、八雲は悪戯を用意しただろうが、今は弟子たちに何も命じず、自分で出迎えの準備をしたくらいなのだ。
「これはこれは。またこのような寺に足を運んでいただき光栄です、閣下」
「お主の厭味ったらしい挨拶など興味はない」
「これは手厳しい」
来客――東道青波を出迎え、八雲は剃り上げた頭を撫でながら奥の間に案内をする。東道がここを訪れる理由に心当たりがあったからこそ、八雲は自分で彼を出迎えたのだ。
「その様子だと、お主の耳にも届いているようだな」
「拙僧は世捨て人とはいえ忍びです故、情報は常に最新のを手に入れるようにしているのです」
「なら話は早い。あの小僧、早速抑止力になりつつあるようだな」
「今回彼が使った魔法は、戦略級魔法とは異なる魔法ですが」
「尚更よい。戦略級魔法など使わなくとも、戦略級魔法師に対抗出来る力があると世界に知らしめる事が出来た」
「彼にそのような考えがあったとは思えませぬが」
達也を抑止力として使う事に関しては、八雲も反対してはいない。達也程抑止力に向いている魔法師が他にいるとも思えないし、探すような面倒を被りたくないから――というのが八雲の偽らざぬ本音だ。
だがあくまでも非公式の戦略級魔法師として抑止力になるものだと考えていたので、彼の得意魔法を使って抑止力にするのはどうなのかと考えたのだ。
「結果的に、あの小僧は新ソ連のベゾブラゾフを、戦略級魔法を使わずに無力化し、更に尻尾まで掴んで見せたではないか。今回のお陰で、外交カードが一枚増えたと喜んでおったぞ」
「それは良かったですが、司波達也が表舞台に立つのはあまり良い事だとは思えないのです。トーラス・シルバーの件は仕方なかったにしても、彼の魔法を世界に知らしめる事は、国防にとってマイナスにしかならないかと」
「既に軍とは仲違い気味なのだろ? なら別に国防軍に対してのメリットなど考えなくてもよい。結果的に日本国が安全になれば、国防にとってはプラスなのだからな」
「しかし彼一人に国防を任せるとなると、軍人を志す若者がいなくなってしまうのではありませんか? 反魔法主義思想の先生方はその方が良いのかもしれませぬが、閣下はそのような考え方をなさってなかったのではありませんか」
「国防に割いていた戦力を、攻撃に回す事が出来るならそれに越した事は無いだろう。どうも最近日本という国が他国からなめられている節が見られるからな。こちらに戦力があると知らしめ、他国の連中の考えを改めさせるのも必要だろう。ただでさえ今の政府は日和見主義者が多いのだからな」
「日和見は政治家先生たちの得意技なのではありませんか? 自分たちに都合がいい時は声を大きくして、都合が悪くなれば日和見を決め込み事態が鎮静するまで声を潜めるのは」
「お主の言葉を耳障りと思う輩はどれくらいいるのだろうな」
八雲の嫌味に対しても、東道は動じることなく八雲が淹れたお茶を一口啜る。散々文句を言いながらも、東道は八雲が用意した茶を残した事は無いのだ。
「拙僧が何を言ったところで、政治家の方々の耳に届く事はありますまい」
「それもそうだな」
八雲の冗談に応えてから、東道は真面目な雰囲気を醸し出し八雲を見据える。八雲もそれに応えるように、先ほどまでの飄々とした雰囲気をしまい込み、真面目な表情で対峙する。
「先の襲撃の件、明朝正式に発表される事となる」
「発表するとは、何処までですか?」
「魔法大学付属第一高校上空に、新ソ連から超遠距離魔法攻撃が仕掛けられた事。その超遠距離魔法は新ソ連から放たれた物である事。そしてその新ソ連から放たれた魔法は『十三使徒』の一人、イゴーリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』である事までだ」
「つまり、達也君が一高から『トゥマーン・ボンバ』を無力化したことは公にされないという事ですね」
「今あれを公にするのはマイナスでしかないからな」
いずれ公にするべきだと考えている東道ではあるが、今のタイミングではないと考えているようで、八雲はとりあえず胸を撫で下ろす。今の状況で達也の存在を公にすれば、彼を刺激する事にしかならないと考えていたからだ。
「それを聞いて安心しました。さすがの拙僧も、核爆発の中を生き延びる自信はありませぬからな」
「そこまで過激なのか、あの小僧は」
「閣下も彼の魔法はご存じのはずですが」
「殺戮に関して一切の禁忌を感じていないとは思っているが、敵味方関係なくという事になる可能性は低いと感じていたが」
「彼は自分に近しい人間以外が死のうが生きようが気にしませんから。そして、拙僧や国防陸軍第一○一旅団の人間が死んだとしても、彼は一切動じないでしょう」
「この間会った時に感じた以上に壊れているようだな」
「それが四葉の次期当主、司波達也という人間です」
「そうか。使い方を改める必要がありそうだな」
それだけ呟いて、東道は腰を浮かせた。八雲が門まで送ると言い出す前に彼を制し、東道は部屋を出て行く。
「相変わらずマズい茶ではあったが、馳走になったな」
「いえいえ、この程度でよろしければ、何時でもお飲みにいらっしゃってください」
東道の皮肉に冗談で返し、八雲はその場で東道を見送ったのだった。
八雲にこの程度の嫌味は効果ないからな……