達也が朝食の席で巳焼島の話をしたのは単なる偶然だったが、深雪を送り自分も家に到着したとき、その話を思い出さずにはいられなかった。
「は、ハーイ……」
エントランスできまり悪げな顔で手を上げて挨拶をするリーナを見て、達也は微妙な表情で頷くだけだった。
「達也さん、こんな時間に申し訳ございません」
「亜夜子が悪いわけじゃないだろ。とりあえず俺の部屋に行くとするか」
「そうですね。では、私はここで」
「いや、話の内容的にも、亜夜子も加わってもらった方が良いだろう」
有無を言わさぬ感じで告げる達也に、亜夜子はただただ頷くだけだった。その光景を見たリーナとミアは、達也がUSNAで起きた出来事を知っているのではないかと勘繰ったくらいだ。
「叛乱、そして脱出か」
「シリウス少佐、いえ、リーナさんはいったん私たち黒羽家で保護させていただきましたが、御当主様はリーナさんが隠れ住む場所として巳焼島をお考えです」
「巳焼島にリーナが生活出来る環境はあるのか?」
「その点は問題ないと聞いております。しかし私たちが十分だと思っても、リーナさんやミアさんは不足かもしれません」
「私、そんなに贅沢じゃないのだけど?」
「ですから、前以てリーナさんに巳焼島を見てもらおうようにと」
リーナが小さな声で抗議したが、亜夜子はリーナの抗議を取り合わなかった。
「母上がそう言ったのか?」
達也もリーナの抗議を取り合わなかったので、リーナが目に見えていじけ、その後ろでミアがオロオロとし始める。その光景を見て達也は少し苦笑いを浮かべたが、何も言わずに視線を亜夜子に固定した。
「はい。それで、リーナさんを巳焼島に案内する役目を達也さんに、と」
「なるほど」
亜夜子の言葉に、達也は納得したのか小さく頷く。まだ説明も完全ではないのに納得されて、亜夜子は少し不満げだが、達也ならそれくらい可能だろうという事ですぐに表情を改めた。
「リーナの逃亡が偽装で真の目的が四葉家内部における破壊工作だった場合に、リーナを確実に抑えなければならない事を考えると、案内人には同じ戦略級魔法師である俺が適任だ、と判断されたんだろう」
一瞬だけ不満を浮かべた亜夜子に、達也は自分の推測を告げる。その言葉に亜夜子は若干呆れ気味の表情を浮かべたが、リーナが黙っていられなくなった。
「そんな事しないわよ! そもそも、もう私とUSNA軍は無関係なのだから」
「分かっている。当主の四葉真夜はそんな事は考えていない。これは、四葉家内部に対するポーズだ」
「あ、あぁ……そういう事」
リーナも組織力学には苦労してきた。今の達也の説明で、納得出来たようだが、別に疑問が生まれた。
「達也って次期当主よね? 何でそんなポーズが必要なの?」
「達也さんの事を認めたくない連中が、四葉家内部にまだ相当数いるという事ですよ」
リーナの質問に亜夜子が答える。彼女も四葉家内部の人間だけに、その言葉には一定以上の説得力があった。
「それで亜夜子、母上には電話で返事をすればいいのか?」
「いえ、御当主様より、達也さんのお返事をすぐ持ち帰るようにと命じられております」
「電話では不安か……分かった。母上に拝命するとお伝えしてくれ」
「はい、そのように」
「今日はもう遅い。巳焼島には明日向かう事にする。深雪も連れて行くから、水波のガードを一層強化するよう花菱さんに伝えておいてくれ」
達也が亜夜子に伝言を頼んだ相手は、兵庫ではなく父親の花菱執事の方だ。
「その件も、承りました」
達也は亜夜子に頷き返して、リーナへと視線を転じた。
「リーナは以前使っていた部屋をそのまま使ってくれて構わない。ミアさんは客室を用意するから、そこを使ってくれ」
「ちっ、ちょっと……」
リーナ本人の意思を抜きにして、どんどんと予定が決まっていく事に抗議しようとしたリーナだったが、誰もそれには取り合わなかった。
「それでは達也さん、慌ただしいですが私は四葉本家へ戻ります」
「ああ。今度時間が出来たらゆっくり過ごそう」
「是非に。その際は文弥も一緒に」
達也の言葉に、亜夜子が満面の笑みで応えた。達也と文弥の関係が若干気になったリーナは、口の端を釣り上げている。
「それではシリウス少佐……いえ、リーナさん。私はこれで失礼します。ミアさんもごきげんよう」
スカートの端を持ち上げ優雅に一礼する亜夜子に、リーナとミアは慌てながらも一礼を返した。その二人の対応に軽く笑みを浮かべて、亜夜子は達也の部屋から出て行った。亜夜子が完全に新居から去ったのを確認して、達也は真剣な眼差しをリーナに向けた。
「詳しい話を聞かせてくれ。本当にまた、パラサイトが出現したのか?」
一方的な要求だったが、興味本位ではあり得ない二人の真剣な表情に、リーナは首を縦に振る事しか出来なかった。
「話さなきゃいけないとは思ってたけど、結構長くなるわよ? 食事の後でもいいかしら?」
「そうだな。さっきからリーナの腹の虫が鳴いているし」
「な、鳴いてないわよ!」
「くすっ」
ずっと強張った表情をしていたミアが笑ったのを見て、リーナはそれ以上の抗議を諦めざるを得なくなってしまったのだった。
リーナならこの程度の冗談ですぐムキになるでしょうし