劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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愚痴りたくなるのも仕方ないな……


真夜の愚痴

 亜夜子から達也の返事を聞いていた真夜だったが、その答えにはおおむね満足していた。だが一つだけ引っ掛かりを覚えた個所があり、真夜は亜夜子にそれを尋ねる事にした。

 

「達也さんは巳焼島には深雪さんを連れて行くと言ったのね?」

 

「はい、そのように申されておりました」

 

「そう……達也さんの事だから何か考えがあっての事でしょうけども……」

 

「如何なさいますか?」

 

「達也さんの判断に任せる事にしましょう。それよりも、亜夜子さんは一緒に行きたいとか思わなかったのかしら?」

 

 

 意地の悪い質問だと真夜も承知で尋ねているので、亜夜子の表情が一瞬だけしかめっ面になったのは指摘しなかった。ただ、どのような答えが返ってくるのか、楽しみになっていた。

 

「本音を申し上げてよろしいなら、何故深雪お姉様なのかと思いましたわ。ですが、仮にもUSNAの戦略級魔法師であるアンジー・シリウス少佐――現在は九島リーナさんですが。彼女を相手にしなければいけなくなった場合に、私よりも深雪お姉様が側にいた方が、達也さんも戦いやすいだろうと分かっていますので」

 

「あの少女が腹芸が得意とは思えないですけどね。バランス大佐からのお願いも、かなり切羽詰まった感じだったのを考えると、四葉家に対する敵対行為ではなさそうだし……まぁ、その程度の事を見抜けない達也さんでは無いものね。分かりました、今日はもう戻って構わないわ」

 

「はい、失礼いたしますわ」

 

 

 真夜に退室を命じられ、亜夜子は一礼をして応接室から出て行く。亜夜子の気配が完全に遠ざかったのを確認してから、真夜はハンドベルを鳴らし葉山を部屋に呼びつける。

 

「お呼びでしょうか、奥様」

 

「葉山さんは今回の件、どう思うかしら?」

 

「USNA軍の叛乱でしょうか?」

 

「そうね……それも含めて、葉山さんの意見を聞かせてもらえるかしら」

 

 

 真夜が意見を求めるなど、他の使用人からしてみれば光栄の極みなのだろうが、葉山にとってはある意味いつも通りなので、彼は真夜にハーブティーを淹れながら思案する。

 

「リーナ殿の言葉を信じるのであれば、USNA軍の殆どがパラサイトやそれに唆された人間に支配されているという事になるでしょう。現に外務省を通じて、国防軍に脱走兵の捕縛と引き渡しを要請しているようですしな」

 

「あくまでも悪者は彼女たちであって、日本軍はUSNA軍の指示に従えという感じだものね」

 

 

 葉山が淹れてくれたハーブティーを一口啜りながら、真夜はつまらなそうに呟く。海外の人間に国防軍をいい様に使われるのがつまらないのか、バレバレの嘘を吐いているUSNA軍の人間がつまらないのかは、葉山には関係のない事だったので追及はしなかった。

 

「ですので、奥様が達也殿にリーナ殿の護衛と案内を命じたのは正しいと判断いたします。もちろん、達也殿たちが生活しておられる新居で匿う事も出来るでしょうが、必要のない軋轢を生むことは火を見るよりも明らかですので、リーナ殿の身柄を目立たない場所に隠すのが最善だと私めも判断いたします」

 

「巳焼島なら国防軍の手も簡単に伸びてこないでしょうし、達也さんのプロジェクトの拠点にするという事はスポンサー様にもお話ししている事だものね。政府の人間からの追及もこれでなくなるでしょう」

 

「問題は、海外から新たなパラサイトが上陸してくる可能性、ですかな」

 

 

 真夜が少し考え込むような表情を見せたのを受けて、葉山は彼女の不安を代弁した。

 

「ただでさえ九島家の光宣さんの問題があるというのに、これ以上達也さんに負担はかけられないもの。だからといって、達也さん以外にパラサイト相手に互角以上に戦える魔法師がいるとは思えないし……」

 

「光宣殿の方は、十文字家御当主や七草家御当主なども動いてくださっておりますので、一時凌ぎにはなるかと存じますが」

 

「でも結局は達也さんに頼むしかないでしょ? 克人さんは兎も角として、弘一さんは何を企んでいるか分からないし」

 

 

 ただでさえ防諜第三課を使ってパラサイトを横取りしようとした過去がある七草家当主を、真夜は信じる事が出来ない。元々仲は良くなかったと自分でも分かっているが、あの一件が四葉家と七草家の関係を完全に拗れさせたと真夜は思っているのだ。

 

「娘さんたちは達也さんや深雪さんと仲がいい様だから良いけど、あのタヌキオヤジや息子たちは何を考えているか分かったものじゃないもの」

 

「奥様、私しかおりませぬから構いませぬが、他家の御当主様をそのようにお呼びになるのは如何なものかと」

 

「大丈夫よ。こんな事、葉山さんか達也さんの前でしか言わないから」

 

「それは光栄に存じます。ですが、誰が聞いているか分からない状況では、なるべく我慢なさるようお願いいたします」

 

「分かってるわ。葉山さんは心配性なんだから」

 

 

 ここは真夜の私室なので、許可なく入室出来る人間はいない。それでも真夜が他家の当主をあのように呼ぶのは葉山にとって心配の種なのだ。

 

「だいたい弘一さんも、裏で私の事をなんて呼んでるか分かったものじゃないじゃないの。きっと『魔女』とか呼んでるわよ」

 

「あちらの事は私には分かりませぬが、なるべくお控えくださいませ」

 

「仕方ないわね」

 

 

 心底残念そうに呟いてから、真夜はカップに残っていたハーブティーを飲み干したのだった。




当主の仕事も大変なんだろうな……

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