劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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通じるわけがない


常識の通じない相手

 深雪との電話を終えた達也は、早急に目を通しておくべきものが無いかを確認して、もしあった場合は済ませてしまおうと端末を操作し始める。

 

『達也、ちょっといいかしら?』

 

「リーナか。あぁ、構わない」

 

 

 別にロックはかけていないので、入ってこようと思えば勝手に入って来られるのだが、リーナは律儀に声をかけてから入室してきた。

 

「失礼するわね」

 

 

 彼女にしては珍しく、申し訳なさそうな表情で部屋に入ってきたのを見て、達也は意外そうな表情で彼女を見詰めた。

 

「どうかしたの?」

 

「いや、リーナが珍しく反省しているようだから意外に思ってな」

 

「珍しくって何よ! 私だって反省くらいするんだからね」

 

「それで、何の用だ」

 

「まったく……」

 

 

 ある意味究極のマイペースを貫く達也に、リーナはため息を禁じ得なかった。だが達也のペースに合わせていたら自分の用件が伝えられないという事はリーナも重々理解しているので、一つ咳ばらいをしてから本題に入ることにした。

 

「まずは、急な事にも拘わらず、私たちを引き受けてありがとうございます」

 

「その事は俺にではなく、母上にでも言うんだな。俺はさっき亜夜子から聞かされたばかりだ」

 

「それでも、達也は私たちを追い返したりしなかったじゃない? 幾ら婚約者とはいえ、国際問題に発展するかもしれない私の身柄を、そのまま引き受けてくれるとは思って無かったのよ。ましてや達也は今、非常に難しい立ち位置だって聞かされてたし」

 

「追い返して余計な事をされるくらいなら、こちらの手元に置いておいた方が安心出来るからな」

 

「ちょっとそれ、どういう意味よ!」

 

 

 達也の冗談を真に受けてリーナは彼に詰め寄る。だが達也が笑っているのを見て、からかわれたんだとすぐに理解し、不貞腐れたようにそっぽを向いた。

 

「達也のプロジェクトに関しては、私は手伝えることは何もないわ。でも、邪魔者を排除するくらいなら出来るんだから、その時は言ってね」

 

「同胞を殺める事になるかもしれない、と言ってもか?」

 

「それは……」

 

 

 リーナが同胞殺しで悩んでいる事を知っていての質問だ。この上ない程に意地悪な問い掛けに、リーナは即答する事が出来ずにいた。

 

「今回の来日――と一応言っておくが。USNA軍内での叛乱から逃げてきたんだろ?」

 

「私が達也の命令で、第三隊と第六隊を生贄にしたとか言われたわ。いったい何が起こってるのか、私にはさっぱり分からないのよ」

 

「マイクロブラックホール実験が再び行われて、その際にパラサイトが現れたんだろうな。そして、そいつらは誰かに信じ込まされた、俺がUSNA相手に工作を仕掛けたという事を他の人間にも信じ込ませたのだろう」

 

「でもいったい誰がそんな事を……そもそも、達也がUSNA軍相手に工作を仕掛けて、何の意味があるっていうのよ?」

 

「工作云々は俺にも分からんが、裏で誰が糸を引いているかはだいたい見当がついている」

 

「えっ、誰よいったい」

 

 

 リーナは自分だけが分かっていないのが気に入らないのか、達也に掴みかかる勢いで距離を詰めて尋ねる。達也はリーナの反応に苦笑いを浮かべながら、自分の推測を彼女に伝える。

 

「レイモンド・クラークが、俺のプロジェクトを潰す為にUSNA軍を使ったんだろう。妨害するにも、自分には力が無いからパラサイトを使おう、とでも思ったのかもしれん」

 

「それじゃあ、そのレイモンド・クラークを問いただせば、私が裏切ってないって事が証明できるのね!?」

 

「それはどうだろうな。もしレイモンドが黒幕だったとした場合、アイツだったら実験を側で見ていた可能性が高い。そうなると、精神干渉系魔法に対抗する手段を持っていないレイモンドはパラサイトに憑りつかれてしまったかもしれないからな」

 

「……つまり、私の無実を証明するためには、パラサイトに憑りつかれた人間を全員捕まえて証言させるしかないわけ?」

 

「戻るつもりが無いなら、疑われたままでも構わないだろ」

 

「私の精神衛生上よろしくないわよ! 私は達也みたいに、どう思われても動じないような鋼の心を持っているわけじゃないんだからね」

 

 

 普通の人間が疑われたままだとどう思うかなど、達也には理解出来ない。その事を知っているリーナはそれを皮肉ったのだが、やはり達也は動じる事は無かった。

 

「兎に角今は身体を休めておいた方が良いだろう。その様子では、飛行機の中でもさほど休めてないんだろ?」

 

「ど、どういう意味よ?」

 

「何時にもまして、余裕が感じられないからな」

 

「わ、悪かったわね!」

 

 

 自分の状況で余裕が持てるわけがないとリーナは思っているが、達也にはその常識が通用しない。だから余計に恥ずかしく思えてしまったのだ。

 

「と、兎に角! お礼は言ったからね!」

 

「まだそれ程遅くはないとはいえ、あまり大声を出すのは良くないと思うが?」

 

「達也が大声を出させてるんでしょうが! それじゃあ、お休み!」

 

 

 達也を相手に口で勝てるわけがないと思い知らされ、リーナは少し肩を落として部屋を出て行った。その後姿を見送った達也は、少し呆れ気味に頭を振り、中断していた作業を再開したのだった。




リーナじゃ達也に口でも戦闘でも勝てないな

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