劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この戦闘は弄れないなぁ……


カノープスの戦い

 それは有り得べからざる出来事だった。西暦二〇九七年、現地時間六月十八日、火曜日早朝。北アメリカ大陸合衆国ニューメキシコ州ロズウェル郊外に置かれている、USNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊スターズの本部基地において、恒星級隊員による叛乱が発生した。

 それも、一隊員の反逆ではない。スターズは十二の部隊に分かれていて、それぞれの隊に一等星級の隊長が置かれている。その十二隊の内の三隊が、隊長に率いられる形で叛乱を起こしたのである。幸いと言って良いのかどうか、叛乱に参加したのは少数の幹部のみ。だがそれで事態が矮小化する事は無かった。

 

 

 

 リーナが達也たちの許にたどり着いた、その七十一時間前。リーナが脱出を果たしたスターズ本部基地では、恒星級隊員同士の戦いが続いていた。スターズは通常の階級以外に、隊員を魔法力によって恒星級(一等星級)、恒星級(二等星級)、星座級、惑星級、衛星級にランク分けしている。その最強クラスである恒星級隊員同士が、訓練ではなく本気で魔法をぶつけ合っていた。

 リーナを暗殺しようとした者たち――第三隊隊長アレクサンダー・アークトゥルス大尉。第三隊一等星級隊員ジェイコブ・レグルス中尉。第四隊隊長シャルロット・ベガ大尉。第四隊一等星級隊員レイラ・デネブ少尉。

 リーナの脱出を支援した者たち――第一隊隊長ベンジャミン・カノープス少佐。第一隊二等星級隊員ラルフ・ハーディ・ミルファク少尉。同じく第一隊二等星級隊員ラルフ・アルゴル少尉。

 この内、ミルファクはリーナを乗せたピックアップトラックを運転して彼女と共に基地を脱出している。カノープスはアークトゥルス、レグルス、ベガの三人を一人で相手にしている。そしてリーナが脱出する直前まで彼女を追いかけていたデネブは、アルゴルに食らい付かれていた。

 

「レイラ!」

 

 

 リーナを乗せたピックアップトラックの荷台から、デネブがアルゴルに組み付かれて落下する。それを目撃して、ベガが叫び声を上げた。彼女も実験車両倉庫から脱出したリーナを追って屋外に飛び出したのだが、カノープスを無視できずにその場に留まっていた。

 

「カノープス少佐! 貴官はシリウス少佐の裏切りを知らないの!?」

 

 

 ベガのセリフが叛乱の口実なのか、それとも本気でそう思いこまされているのか、カノープスには分からない。たぶん後者なのだろうと思っていたが、それが自分の推測でしかない事は彼も弁えていた。

 第十一隊のアリアナ・リー・シャウラ少尉は、第三隊、第六隊、そしてシャウラ少尉自身を除く第十一隊の恒星級隊員がパラサイト化していると断定した。彼女は精神干渉系魔法の防御に長けている。その一環として、異常な霊子波動を捕捉する能力も高い。彼女の推測は信頼できるとカノープスは考えていた。

 シャウラの言う通りであれば、第四隊のベガとデネブはパラサイトに冒されていない。この叛乱がパラサイトに主導されたものであるなら、パラサイト化していないベガは偽の情報に踊らされている可能性が高い。

 ベガとデネブがリーナに好意的ではない事を知っていたカノープスは、偽の情報をこれ幸いと信じ込んでリーナを暗殺しようとしたのだろうと思っていた。

 軍人は感情に任せて行動してはならない。士官はどんな時でも自分を強く律するよう教育されているが、人は大義名分に弱い。立派な理由を与えられれば、簡単に自分自身を誤魔化してしまう。自分は感情に動かされているのではなく、大義に従っているのだと。そう言い訳して、己を許してしまうのだ。

 カノープスはそれを、頭で理解しているだけでは無かった。彼はこれまで、そういう実例を多数見てきた。

 

「リーナ殿はスターズを裏切ってなどいないと言っただろう! ベガ大尉、貴官の行為こそ叛乱だぞ!」

 

 

 だから彼は、ベガに言い返しながら、説得の効果は無いと諦めていた。ベガの返答は、加重系魔法『ダブルプレス』。その返答に対してカノープスは加重系魔法『プレス』を二つ、並行して発動し、ベガの魔法を相殺した。魔法そのものを解除したのではなく、相反する事象改変を定義する事でお互いの魔法を破綻させたのである。

 

「なっ……」

 

 

 ベガの口から驚きが漏れる。定義破綻で敵の魔法を無効化するテクニックは、スターズの訓練に取り入れられている。当然、彼女も知っているはずのものだ。だが意図的に定義破綻を作り出す為には相手の魔法を読み取って、後出しで自分の魔法を適切な座標に放つか、敵が使う魔法を正確に予測する必要がある。

 前者には、術式解散程ではないにしても、同種の困難が付き纏う。後者は敵の、つまりベガの手の内を読み切っていたという事を意味する。

 ベガが見せた動揺は、カノープスにとってのチャンスだった。ベガへ向けて、カノープスが間合いを詰める。彼は『分子ディバイダー』で斬るのではなく、至近距離から電撃を浴びせて身体の自由を奪うつもりだった。

 しかしカノープスは、四歩目で足を止めた。振り返る時間も惜しんで、自分の右斜め後方に『ミラーシールド』を展開する。彼の対高エネルギー光線兵器用シールドが、レグルスの放ったレーザー光弾を撥ね返した。




先が分からないから、勝たせちゃうとマズいし……

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