劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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正義が無い時点で負けだろ……


叛乱側の弱点

 自分が撃ったレーザー光弾がレグルスの顔を掠めた。ジワリ、と彼の背中に冷や汗が滲む。レグルスは大急ぎで武装デバイスを抱えて移動する。これまでのところレグルスは、カノープスから能動的な攻撃を受けていなかった。カノープスがレグルスの所在を見つけられずにいるのか、それともベガやアークトゥルスに優先順位を置いているのか。狙撃で攻めているのはレグルスだが、プレッシャーを受けているのもレグルスの方だった。

 レグルスが得意とする『レーザースナイピング』はその性質上、一発撃てば敵の魔法師に居場所を知られてしまう。攻撃直後、敵に位置を覚られるリスクがあるのは実弾による狙撃の場合も同じだが、通常の魔法が視線の通らない障碍物の向こう側からでも攻撃出来るのに比べれば、隠密性に乏しいと言える。

 レグルスは自分が得意とする魔法の持つ欠点をよく理解している。彼は一度撃つ事に、ライフル形態の武装デバイスを抱えてその場を走り去っていた。移動に魔法は、最低限しか使わない。とにかく敵に捕捉されないよう、横着せず必ずある程度以上の距離を挟んで狙撃ポイントを変えていた。カノープスから反撃以外の攻撃を受けていないのは、その甲斐あってに違いない。しかしその反撃が、レグルスを精神的に追い詰める。

 カノープスの『ミラーシールド』に撥ね返った光弾が、さっきから何度もレグルスの身体を掠めている。その度にレグルスは肝を冷やしていた。

 レーザー光は言うまでもなく、光速で進む。撥ね返ってきたエネルギー弾も当然光速だ。発射から反射光の到達までのタイムラグはゼロに等しく、射撃後にシールドを形成して反射してきたレーザー光を遮ろうとしても間に合わない。

 エネルギー弾に対する防御シールドは、大別して二種類ある。一つは、一定以上のエネルギーを遮るもの。通常の防御シールドはこのタイプだ。もう一つは、電磁波を反射するもの。『ミラーシールド』はこのタイプである。

 レーザー弾に対しては後者の方が効果が高い。『ミラーシールド』は外からの光を反射するだけで、内側から出て行く光は遮らない。シールドを展開したままでも『レーザースナイピング』による攻撃の妨げにはならない。

 だがシールドを張れば、その事象改変の余波を察知されてしまう。自分の居場所を敵に大声で報せるようなものだ。それでは「狙撃」ではなく、単なる「遠距離攻撃」になってしまう。原理的には射撃の直前に『ミラーシールド』を展開する事で、撥ね返ってきたエネルギー弾を遮断する事が可能だ。『レーザースナイピング』には魔法発動から発射までの間に不可避のタイムラグがある。『レーザースナイピング』を発動した直後に『ミラーシールド』を展開しても実害は無い。

 しかし残念ながら、レグルスの武装デバイスにはその起動式が用意されていなかった。起動式無しで『ミラーシールド』を瞬時に展開する事も、レグルスには出来ない。パラサイトと一体化してエネルギー弾を操る魔法技能は向上しても、シールド形成技術にパラサイトの恩恵は無かった。

 リーナ相手の狙撃ならば、反射光に対するシールドを張れなくても問題無かった。リーナの『ミラーシールド』は流れ弾による第三者の被害を防ぐ為、レーザーの入射角に関わらず反射光が自分の二メートルの地面に着弾するように設定されていた。それはそれで高度な技術だが、敵に脅威を与えないという点で軍人としての甘さを否めない。

 一方、カノープスの『ミラーシールド』は光弾をほぼ百八十度反転して反射する設定になっている。厳密に言えば百八十度ではないのでレグルスも今のところ直撃を免れているが、その幸運が今後もずっと続く保証はない。反射角が厳密でないのは魔法の定義に「揺れ」が存在するからで、百七十八度とか百七十九度に設定されているわけではないからだ。数字で表現するならば「百八十度プラスマイナス三度」と言ったところだろう。その誤差がゼロになった時、光弾はまっすぐレグルスに帰ってくる。

 自分が放ったレーザーに撃ち抜かれる恐怖。それがレグルスの精神力を少しずつ、だが着実に削っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 カノープスとベガが対峙している実験車両倉庫前から二百メートル程離れた場所では、第四隊のレイラ・デネブ少尉と第一隊のラルフ・アルゴル少尉が一騎打ちを演じていた。デネブはリーナを乗せた車両に移動系魔法で跳び乗ったのだが、荷台に潜んでいたアルゴルに組み付かれて諸共転げ落ちたのだ。

 デネブとアルゴルはほぼ同時に立ち上がり、問答無用の白兵戦を始めた。デネブはアルゴルが「裏切り者のシリウス」に加担していると考えて――「裏切り者」の部分を除けば、デネブの判断は間違っていない――斬りかかり、アルゴルは敵とか味方とか関係なしに喜んで応戦したのだった。

 デネブが右手一本で拳銃の狙いを付け、引き金を引くが、その瞬間には既にアルゴルは射線上には存在せず、彼は十メートルの距離を一瞬でゼロにして、デネブをナイフの間合いに捉えていたのだった。




カノープスさん意外と強い……

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