レグルスとベガだけならば「本気で戦えない」というハンディ付きであっても、この戦闘は短時間でカノープスの勝利に終わっていただろう。彼らが二人ずついても、それは変わらなかったに違いない。だがアークトゥルスは、強敵だった。
スターズ第三隊隊長、アレクサンダー・アークトゥルス大尉。スターズで主流の現代魔法と北アメリカ大陸先住民族の古式魔法――精霊魔法を、双方高いレベルで取得している戦闘魔法師。パラサイトと同化した事により精霊を使役する魔法が使えなくなっていたが、その代わりパラサイトの力を存分に引き出す事で失った以上の戦闘力を得ている。
カノープスがレグルスの光弾を撥ね返し、ベガに急迫する。しかし横から叩きつけられた風の塊に、カノープスはステップバックを余儀なくされた。
アークトゥルスの『
後退したカノープスを追って、石の鏃が飛ぶ。矢だけでない。矢尻だけだ。鋭く削って形を整えた、黒曜石の鏃による『ダンシング・ブレイズ』。通常『ダンシング・ブレイズ』にはナイフ形態の武装一体型CADを用いる。魔法の発動から投擲までワンアクションで済ませられるという手軽さと確実さがその理由だ。だがそれは『ダンシング・ブレイズ』で使う得物は武装デバイスでなければならないという意味ではない。魔法を発動する主体はCADではなく魔法師。それはどんな魔法でも変わらない絶対的な原則だ。
そもそも『ダンシング・ブレイズ』は投擲武器の飛翔軌道を操作する魔法であって、投げられる武器自体は何でも良い。刃物である必要すら無い。極端な事を言えば、道端の石ころでも『ダンシング・ブレイズ』の「弾」になる。
異なる軌道を描いて同時に襲いかかる四つの鏃。その全てを、カノープスは日本刀形態の武装デバイスから伸ばした『分子ディバイダー』で打ち落とした。二つに割れた黒曜石の鏃が地面に落ちる。『ダンシング・ブレイズ』の対象として定義された形状が損なわれた事で、魔法が定義破綻により強制終了したのである。
しかしアークトゥルスの攻撃は、それで終わりでは無かった、矢継ぎ早に繰り出される魔法の所為で、カノープスはまだアークトゥルスの隠れている場所を特定出来ずにいる。風が吹き、鳥の羽が舞った。白頭鷲の羽――を模したイミテーション。合成繊維とチタンの針で作った羽型ダーツだ。極細の高強度繊維は、スピード次第で人体の皮膚どころか革製のプロテクターをも切り裂く。
何十枚もの羽が風に乗ってカノープスに襲いかかる。アークトゥルスが得意とする魔法は、精霊魔法と移動系魔法。特に気流を作り出し操作する術式に長けている。この羽は群体制御で操られているのではなく、気流に乗って飛んできているだけだ。『分子ディバイダー』で気体に干渉する事は出来ない。一枚一枚の羽は風に流されているだけなので、武装デバイスで撃ち落しても意味はない。カノープスは圧縮した空気塊を爆発的に膨張させる魔法『爆風』で対抗した。自分にも押し寄せる爆風を流体に特化した対物シールドで防ぎ、彼は再度ベガに突進した。
そのカノープスの姿を、レグルスはちょうど真後ろから見ていた。強引に見える攻撃は、三対一の不利を凌ぎ切れなくなったからだろうか。レグルスの脳裏にそんな推測が浮かぶ。訓練用に置かれていた廃棄大型車が宙を舞った。ベガの重力制御魔法だ。それをカノープスが、加重系魔法で叩き落とす。走りながらCADを操作してもカノープスの姿勢に乱れは生じない。だが彼の意思は間違いなく、自分に向かって飛んでくる大型車両へ向いていた。
レグルスは、そう判断した。ライフル形態の武装一体型CAD、その引き金を引く。起動式の読み込みから魔法の発動まで〇・二秒。この数値は特化型CADを使っているとはいえ、かなり速い。元々『レーザースナイピング』はレグルスの得意術式で、専用CADの性能も相俟って魔法の威力にもスピードにも優れていた。それがパラサイトになった影響で、魔法発動速度が更に向上している。
しかし、レーザー光弾の増幅に掛かる時間は、機械的・物理的な物であり短縮できない。最初からより高エネルギーのレーザー光を発生させればこの時間も短縮できるし、パラサイト化で向上した事象干渉力を以てすれば不可能ではない。
だがその為には、レグルスが使っている武装デバイスを高エネルギー用に改造しなければならない。あるいは、新しい武装デバイスを作成するか。レグルスたちがパラサイトになったのは三日前。たった三日間では武装デバイスのアップグレードまで手が回らなかったのだ。
それでも、カノープスがベガに意識を取られている今ならばタイムラグを突かれて反撃される事は無い。それがレグルスの計算だった。
それでも冷静に対処出来るから、隊長なんだろうな