劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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殺さないだけマシか……


脱落者

 しかし、レグルスのレーザー光弾がまさに発射されようとしたその直前、カノープスの後姿がスコープの中から消えた。

 

「なっ!?」

 

 

 一瞬透明化を疑ったが、そうではない。人のシルエットの代わりに切り取られた景色が登場したのを見て、レグルスは何が起こったのかを理解した。そこに写っているのは、レグルス自身が潜んでいる格納庫――つまりカノープスは『ミラーシールド』を展開したのだ。

 レーザー光弾が発射され、光速で帰ってくるエネルギー弾に、見て、対処する事は不可能だ。反転百八十度、正確に反射されたエネルギー光弾はレグルスの武装デバイスを破壊し、焼けた破片が彼の右目を潰す。絶叫は上げて、レグルスは戦闘をリタイアした。

 

「(まず一人)」

 

 

 レグルスの悲鳴を聞いて、カノープスは心の中でそう呟いた。彼は別に、レグルスを罠に嵌めたわけではない。ベガへ近づいていったのは彼女に大きな怪我をさせる事無く無力化するためだし、レグルスに対する反撃は警戒を怠っていなかっただけに過ぎない。カノープスはただ、レグルスが期待したように視野を狭めてはいなかっただけだ。

 だがこれで戦闘が楽になるのは確かだ。レグルスの魔法がどうこうではなく、単純に一対三から一対二になったのは大きい。彼がそう考えた直後、二つの悲鳴がカノープスの鼓膜を叩いた。反射的に声が放たれた方向へ目を向ける。同時に後退していたベガから距離を取った。無意識的に選択した、安全を確保する為の行動だ。そこではアルゴルがデネブの脇腹をナイフで抉っていた。やり過ぎだ、とカノープスは心の中でアルゴルを叱責する声を上げる。

 しかし、よろめき、倒れたのはデネブだけでは無かった。アルゴルの身体もまた、前のめりに崩れ落ちる。デネブを押し倒すような恰好だが、襲いかかろうとしているのではない事は遠目にも明らかだった。アルゴルの背中がべっとりと血で濡れているのは、カノープスの位置からは見えない。いや、じっくり見れば分かったかもしれないが、敵の攻撃を警戒しながらの状況で、そんな時間は取れなかった。だが、アルゴルが新たな敵から攻撃を受けたのは分かった。彼自身に、その矛先が向けられたからだ。

 細く鋭い、槍状に変形した『分子ディバイダー』の力場がカノープスに伸びる。彼はその力場を同じ魔法で切り払った。

 

「(スピカ中尉か!)」

 

 

 その魔法を放った相手を視認するより早く、彼にはその術者の正体が分かっていた。この『分子ディバイダー』の変形バージョン『分子ディバイダー・ジャベリン』の使い手はスターズでも一人だけ。スターズ第四隊所属一等星級、ゾーイ・スピカ中尉。カノープスの視線の先で、早朝にも拘わらず夏用の軍服をきちんと着込んだ女性隊員が真っ直ぐに伸ばした右腕でカノープスを指差していた。その伸ばされた人差し指の先に付けられた金属製の、湾曲していない爪。日本の暗器である『猫手』の一種に似たそれが『分子ディバイダー・ジャベリン』の照準器だ。

 再び、細く尖った分子破壊の力場がカノープスへ伸びる。攻撃範囲を狭めた代わりに、射程距離を延ばした中距離用『分子ディバイダー』。カノープスは再びその穂先を切り落とし、返す刀で彼を閉じ込めようとしたベガの重力場を切り裂く。いや『分子ディバイダー』が『重力制御魔法』を切り裂いたという表現は誤解を招くものだろう。重力制御は歪曲度という空間の性質を改変する魔法で『分子ディバイダー』もまた空間の性質を改変するもの。「正常な空間の重力場だけを改変する」という事象改変と「正常な空間の電磁気的性質だけを改変する」という事象改変が衝突して、両方の魔法が破綻したのである。

 その瞬間、カノープスの『分子ディバイダー』も途切れた状態にあった。そこへアークトゥルスのトマホークが迫る。カノープスは『分子ディバイダー』を再発動しながら、全力で横に跳んだ。カノープスの残像を、トマホークが断ち割る。訓練場の乾いた地面を転がって起き上がったカノープスへ、空中で反転したトマホークが襲いかかった。これは本来『ダンシング・ブレイズ』に可能な攻撃ではない。『ダンシング・ブレイズ』はあらかじめ投擲武器の飛翔軌道をプログラムしておく魔法であって、得物の遠隔操作は出来ないはずのものだ。

 精霊魔法の応用で「念」を込めた武器との間にある種の感応状態を作り出し、そのパスを通じて新たな『ダンシング・ブレイズ』を上書きする。これは現代魔法師である古式魔法師でもあるアークトゥルスの、独自技術だった。異なる定義の魔法上書きによる必要な干渉力の増大からは逃れられない。新しい軌道の設定は、精々五回が限度だが、設定する軌道は直線、放物線ではなく、自在に上昇、降下、旋回する『ダンシング・ブレイズ』のもの。一度の投擲で、五回どころか三回も軌道設定を変えられれば大抵の敵は逃さない。アークトゥルスはパラサイト化したことにより、精霊魔法が使えない状態になっているが、それは「精霊」と定義された独立情報体にアクセスする能力を失っているだけで、古式魔法の技術を喪失したわけではない。独立情報体を使わない古式魔法の技術は、パラサイトと同化した事でむしろ向上していた。




相手は殺しても構わない気持ちなんだろうが……

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