劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ちょっとズルい幕切れ


終戦

 襲い来るトマホークを、カノープスは片膝立ちからの斬り上げで迎撃した。スピードはともかく、力が入らない体勢でのスイングだ。刃筋も立っていない。刀を振るというより、棒を振り回す動作に近い――にも拘らず、カノープスの斬撃はアークトゥルスの思念で魔法的に強化されたトマホークを真っ二つに断ち割った。

 日本刀に似たブレードの、刃で切り裂いたのではない。元々カノープスの武装デバイスは、鋼の刀身で斬る為の物ではなかった。刀身は単なるガイドツールであり、切断を担っているのは魔法の刃。分子間結合力反転フィールドが正確に形成されていれば、ブレードの傾きが多少ぶれていても実害は無い。二つに分かたれたトマホークは、地に堕ちて飛ぶことを止めた。念を込められ感応状態にあった得物であっても、定義時点の形を失えば魔法が破綻するのは通常の武装デバイスと同じだ。

 アークトゥルスからの追撃が途切れる。『ダンシング・ブレイズ』が媒体として有形の実体物を必要とする以上、事前に用意できる「弾」の数には限界がある。アークトゥルスは「弾切れ」を起こしたのだった。カノープスは未だ、アークトゥルスが何処に隠れているのかを発見できていないが、一時的にであれアークトゥルスからの攻撃が無くなったのは、敵の戦力を削るチャンスだった。

 今、カノープスが視認している敵はベガとスピカの二人。スピカの『分子ディバイダー・ジャベリン』は初見殺しの性格を持っているが、刺した直線上の狭い範囲にしか効力を発揮しないという術式の性質を知っていれば対応は難しくない。カノープスはより厄介な相手であるベガを、先に無力化する事にした。

 スピカに牽制の魔法を放ち、ベガへ『分子ディバイダー』で斬りかかる、と見せかけてカノープスはプラズマ化した空気の弾丸を放った。『分子ディバイダー』を警戒していたベガは、完全に虚を突かれてプラズマ弾をまともに喰らってしまう。カノープスは致命傷を避ける為にプラズマの密度をあまり上げていなかったが、それでも一時的に麻痺させるには十分な威力があった。ベガが仰向けにひっくり返る。完全には気絶してはいないようだが、手足が自由にならない様子だ。

 カノープスがスピカへ振り返る。彼はスピカを片付けて、アークトゥルスとの一対一に持ち込むつもりだった。しかしカノープスの視線の先には、スピカの華奢なシルエットだけでなくアークトゥルスの分厚い身体があった。

 

「カノープス少佐、抵抗を止めてもらいたい」

 

 

 視界に新たな人影が入ってくる。イアン・ベラトリック少尉と、サミュエル・アルニラム少尉。先日のマイクロブラックホール実験でパラサイト化した第六隊の二人は、両側から腕を抱える格好で負傷し意識が定かでないアルゴルを引きずっていた。スピカが目を見張っている。彼女にとっても、この増援は意外なものだったようだ。

 

「……人質という事か?」

 

 

 カノープスが嫌悪感を隠さぬ口調で、アークトゥルスに話しかける。

 

「シャウラ少尉の身柄も先ほど確保した」

 

 

 アークトゥルスはカノープスの問いには答えず、更に手札を一枚出した。

 

「カノープス少佐。貴官の目的はシリウス少佐を逃がす事だろう。その目的は果たしたはずだ。これ以上、被害を拡大する戦闘は無意味だと思わないか?」

 

「無意味な叛乱を起こしたのは貴官たちだ」

 

 

 カノープスの非難に、アークトゥルスは無言で応えた。パラサイト化した相手にそのような理屈は通用しないと、素よりカノープスにも分かっている。カノープスは日本刀形態の武装デバイスを手放した。

 

「……投降する」

 

「身の安全は保証する」

 

「肉体だけか?」

 

「貴官を仲間にするつもりは無い」

 

 

 カノープスの皮肉な問い掛けに、アークトゥルスは面白味の無い表情で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カノープスの予想に反して、彼が連れていかれたのは独房ではなく、他部署の高級士官が基地を訪問する際に使用する個室だった。もちろん武装デバイスを含めた武器は取り上げられていたが、脱走は難しくないように思われる。CADは現代魔法の使い手に取って今や必須と言えるツールだが、魔法を使う為に絶対不可欠というわけではない。また魔法を使いにくくする手段はあっても、魔法を完全に使えなくする一般的な技術は、まだ確立されていない。特殊な精神干渉系の術式によって他者の魔法発動を阻害する事が可能という話はカノープスも聞いていたが、少なくともスターズには、そのような魔法が使える隊員は在籍していない。

 だがカノープスは、脱走どころか部屋を抜け出す事もしなかった。何時間経っても食事は運ばれてこなかったが、彼は備え付けの冷蔵庫にあったミネラルウォーターだけで夜まで過ごした。

 呼び出しの使者がやってきた時には、二十一時を過ぎていた。彼はベラトリックス少尉とアルニラム少尉に挟まれて、司令官室に出頭した。

 司令官デスクの前に、椅子が一つ置かれている。一方の壁際にはアークトゥルスとベガが椅子に腰かけ、もう一方の壁際には第五隊隊長のカペラ少佐がムスッとした顔で座っていた。




数で圧倒してる方が有利だよな、こういう場合……

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