劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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意外と肝が据わってるのが一名……


出発の朝

 二〇九七年二月十三日、日曜日の朝。日本の自宅とも言える新居で一泊したリーナは、巳焼島に出発する為のヘリに乗る為に深雪が生活しているマンションに移動する事になっていた。

 

「おはようございます、リーナ。昨日はゆっくりとお休みになられましたか?」

 

「そうね……飛行機の中や黒羽家よりかはゆっくり出来たかもしれないけど、状況が状況だけに、あんまり寝られなかったわ」

 

 

 USNAを抜け出し日本にやってきたその日は、真夜との顔合わせの為に黒羽家へと身を寄せていた。四葉の分家という事は、近い将来身内になる相手なのだが、リーナは黒羽家で過ごした一日は非常に居心地が悪い思いを味わっていた。次期黒羽家当主である文弥は非常に友好的な態度だったし、自分と同じ立場である亜夜子とは顔を何度も合わせているので、この双子と話す時は特に何も感じなかった。だが現当主である貢や、貢の部下たちは自分の事をじろじろと、まるで不審者を見るような感じの目をしていたと、リーナはそう感じていた。

 

「身を寄せていたから何も言わなかったけど、私は達也の婚約者の一人なのよ? という事は、分家であるあの家の人間はいずれ、私に対してちゃんとした態度を取らなければいけないんじゃないのかしらね?」

 

「私に言われても困ります……そういう事は本人に仰るか、達也さんに言うべきなのでは?」

 

「達也に言ったところで意味は無いと思うけどね。どうやらあの家の人間はまだ、達也の事を本家次期当主として認めてないらしいって亜夜子が言ってたし」

 

「いろいろと問題があるようでしたね」

 

 

 達也がガーディアンとして扱われていた時期の事を知っているリーナは、自分が下に見ていた相手がいきなり本家次期当主に決まれば、それなりに不満は残るという事は理解している。だが何時までも達也の事を認めない――それどころか、未だに下に見ているのは些か子供っぽいのではないかとも感じていた。

 

「本家の人間でもそういう感情が残ってる人はいるって、亜夜子は不満そうに言っていたし、達也がガツンと言わなければ解決しないって事も分かるけどさ」

 

「達也さんは無理に忠誠を誓わせる気はないと仰っておいでだとか」

 

「達也ならほとんどの事を一人で出来るから、無理強いする必要は無いという事も理解は出来る。でも、次期当主として何時までも下に見られるのは威厳に欠けると思うのよね。もちろん、無理に従わせたところで、ろくな結果にならないのは私も分かってるけど……」

 

 

 別にリーナは、無理にスターズ所属の魔法師たちを従えていたわけではないが、十七歳の小娘の下につかなければいけないという考えが少なからずあったのだろうと、薄々感じていた。その気持ちをパラサイトに付け込まれた結果が、USNAを逃げ出した原因となった叛乱だという事も、リーナは心のどこかで気付いている。

 

「リーナは何一つ悪くありません。貴女を『シリウス』に任命したのは軍司令部の大人たちですし、貴女が祖国の為に自分の気持ちを押し殺して任務に励んでいた事を理解している者も大勢います。私がその一人です」

 

「ミア……」

 

「パラサイトに憑りつかれた事がある私が言うのも説得力に欠けるかもしれませんが、心の弱い人間が人ならざる者に付け込まれた結果が今回の叛乱です。自分に都合の良い事だけを信じ、都合が悪い事は嘘だと決めつけて排除しようとした結果が、私たちがUSNAを脱走しなければならないという現状になってしまったのです」

 

「ベンやハーディたちは無事なのかしら……」

 

「残念ながら、私にもリーナにも、USNA軍の現状を知る手立てがありませんので……数日経てば達也さんから現状を聞くことは出来るかもしれませんが」

 

「そう…よね……ゴメンなさいね、ミア。なんだか愚痴に付き合ってもらっちゃって」

 

「構いません。今の私はリーナの付け人でしかないのですから。だから基地でもある程度は自由に動けたんですよ」

 

 

 パラサイトに憑りつかれた事により、ミアはスターズ内では死亡した事になっている。今回USNAに同行したのだって、四葉家から――つまり達也からリーナについてやって欲しいと言われたから同行しただけで、スターズからしてみれば招かれざる客だっただろう、とミアは思っている。だがミアがいてくれたから、リーナは自分を責め続ける事無く日本に帰ってこれたのだ。

 

「これから身を隠さなければいけないわけだけど、またミアには付き合ってもらう事になっちゃったわね」

 

「一度は失くした命ですから、普通に生活出来るのであれば私は気にしませんよ」

 

「元は魔法師用の刑務所とかだったって聞いたけど、まぁ生活は出来るんじゃない? ライフラインはしっかりしてるだろうし……」

 

 

 語尾が弱くなっていくリーナを見て、ミアはちょっと不安を覚えたが、聞いた話では連れていかれる島はいずれ達也の研究拠点となる場所だという事なので、最低限の生活は保障されているだろうと思う事にした。

 

「リーナ、そんな不安そうな顔をしていては、達也さんに心配をかけてしまいますよ」

 

「達也が私の事を心配してくれるとは思えないけどね」

 

 

 ミアの励ましに、リーナは少しひねくれた返答をしたが、彼女の表情は明るくなっていた。




リーナは心配性だしな……

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