劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通の島なわけがない


島の見た目

 深雪が待っている四葉ビルに到着してすぐ、リーナとミアは花菱兵庫が操縦する小型VTOLの機中にあった。リーナはパラサイトと同化した隊員に反逆者の汚名を着せられ、本部基地で暗殺されかけた。四葉家と密かに手を結んでいる参謀本部のバランス大佐の手引きで日本に逃れ、一昨日まで四葉分家の黒羽家に身を寄せていたが、昨晩は自分の部屋がある新居で一泊し、そして今新たな潜伏先へ移動中だ。房総半島の南海上約九十キロ、三宅島の東約五十キロの海上に浮かぶ『巳焼島』。二十一世紀最初の年に海底火山の活動によって新たに形成された事から『二十一世紀新島』とも呼ばれる小さな島だ。小さいと言っても面積は今や八平方キロメートルにまで成長している。これは東京の国立市とほぼ同じ広さだ。この島がリーナとミアの新たな潜伏先だった。

 巳焼島は全島が四葉家の私有地になっている。正確には四葉家が支配する不動産会社の所有地だが、実態は変わらない。四葉家がこの土地を手に入れた背景には、島の特殊な歴史があった。元々国防海軍の補給基地が置かれていたが、度重なる噴火で基地は放棄され、第三次世界大戦後、軍民を問わない魔法師専用の秘密刑務所となり、その管理は四葉家に委託された。四葉家は秘密刑務所の業務を引き受ける事で、巳焼島を取得したのである。

 しかし刑務所は二〇九三年一月に島の東側で起こった噴火をきっかけに移設が検討され、二〇九五年には移転先が決まった。そして先月、新たな秘密刑務所が完成し囚人の移動も完了した。囚人用の施設は改装が必要だが、監督者用の建物はすぐにでも居住可能だ。また刑務所に使われていなかった島の東側には、魔法実験施設の建設計画が進められていた。四月には着工するばかりとなっていたが、ここにきて達也のESCAPES計画に基づく魔法核融合炉エネルギープラントがこの地に建設されることになった。

 小型VTOLには、達也と深雪も同乗している。リーナとミアを案内するのと同時に、建設予定地を視察する目的もある。ESCAPES計画を巳焼島で実行する事に決まったのは先月末の事だ。達也は何度か巳焼島を訪れた事があり地形も気候も理解しているが、そこに何かを建てるという視点で見た事はない。自分の計画に不都合な自然条件が無いか、一度チェックしておく必要があるのは確かだった。

 

「達也様、深雪様、リーナ様、ホンゴウ様、間もなく着陸致します」

 

 

 このVTOLはパイロットを除いた定員が六名で、操縦席と客席の間に仕切りが無い。兵庫の声は乗用車感覚で達也たちに直接届いた。

 

「結構広いわね。インフラも意外に整っているみたい」

 

「そうね……随分変わったわね」

 

 

 島を見るのが初めてであるリーナが、視たままの感想を述べると、過去に一度着た事がある深雪も、様変わりした景色に驚きを隠せなかった。

 

「深雪は、この島に来た事があるの?」

 

「ええ、四年と少し前に」

 

 

 四年前に訪れた時は、西側の海岸地域に刑務所施設群があるだけで、島の殆どは黒い岩と砂の溶岩原だったが、今眼下に広がる巳焼島には、島の北部に短い滑走路を備えた飛行場と、それに隣接した淡水化施設、中央の山裾に地熱発電所、頭部に十棟以上の中層ビルが立ち並んでいる。

 

「(あれは感応石の精製工場か? あちらは大型電算センター……)」

 

 

 達也もまた意外感に撃たれていたが、驚いているポイントは深雪とは違う。FLTの研究所で見覚えがある特徴を備えた建物を、ビル群の中に視付け、納得した。

 この島に四葉家の新たな本拠地を造る。達也は真夜の口から、その計画を教えられていたではないか。巳焼島にESCAPES計画のプラントを建設する。だがそのプランは四葉家第二の本拠地を排除するものではない。

 真夜は、四葉家は、ここにオープンな実験プラントを建設しながら、その横に閉ざされた研究施設を造ろうとしている。そしておそらくは、ESCAPES計画の為に集まった研究者の中から、特に優れた者を四葉家内部に取り込もうと考えているのだろう。魔法技術の、更なる高みへと至る為に。

 小型VTOLがヘリポートに着陸した。ここの滑走路は、大型機が離着陸できる長さは無いが、VTOLやSTOVLでなくても五十人乗りクラスの小型ジェットまでなら十分に離着陸可能だ。巳焼島開発に懸ける四葉家の本気が窺われる。

 たださすがに、鉄道やモノレールは無かった。五人は魔法使用刑務所を管理していた四葉分家の一つ、真柴家が用意した自走車に乗って――運転したのは兵庫だ――島の西岸へ向かった。

 小規模な活動が続いている火山を回り込んで、刑務所管理スタッフ用の居住棟に到着。道中、左右には以前通り溶岩原と岩だらけの海岸が続いていた。島の開発は、刑務所とは反対側の東側に力点が置かれているようだった。

 囚人がいなくなり、管理スタッフも約半数が島を去ったが、いなくなったのは主に看守で、囚人と一緒に新たな監獄へ移っている。施設の運営要員は丸々残っているので、居住棟もすぐに入居できる状態に維持されていた。




達也は相変わらずマッド思考……

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