劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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友達思いではあるんだが……


双子の思い

 午後もだいぶ遅くなっていたが、巳焼島から東京に戻った達也と深雪は、すぐに水波の病室を訪れた。途中、病院の外では十文字家、病院内では四葉家から派遣された魔法師らしき人間と何度かすれ違ったが、達也はあえて知らぬふりをした。

 

「病室の前くらい、しっかり見張っていて欲しいものですが」

 

 

 達也は師族間で決められた方針に文句をつけるつもりは無かったが、こういう愚痴を零す程度には、深雪は不服を覚えているようだった。その深雪も達也が病室のドアをノックした時には、不満を完全に引っ込めていた。

 

「水波、入っても構わないか?」

 

『はい、どうぞ』

 

『達也先輩っ!?』

 

『深雪先輩もご一緒ですか!?』

 

 

 三重唱で届いた返事は、全て聞き覚えがある声だった。達也は水波の承諾に応じてドアを開けた。ベッドの脇から振り返る、そっくりな顔は別々の方に視線を向けている。

 達也の方に視線を向けるのは七草香澄。満面の笑みで喜びを表現しながら深雪に視線を向けるのは七草泉美。一高の後輩である、七草家の双子姉妹だ。

 

「泉美ちゃん、香澄ちゃんも、水波ちゃんのお見舞いに来てくれたの?」

 

「はい。同級生が入院しているのに、護衛だけでは薄情かと思いまして」

 

「そう、ありがとう」

 

 

 師族会議で決まった七草家の役割は、九島光宣の迎撃と捕獲だが、香澄も泉美も、水波の護衛は任じられていない。しかし深雪は、泉美に笑顔でそう応えた。

 

「あうっ! もったいないお言葉です……」

 

「大袈裟だなぁ……」

 

 

 泉美は苦し気に胸を押さえ、感極まった声を漏らし、香澄はそんな芝居がかった泉美を見て呆れた表情を浮かべているが、泉美本人は至って真面目だ。

 泉美の大袈裟なジェスチャーを、達也も深雪も馬鹿にしたりはしなかった。ただ微笑まし気に見ているだけだ。ベッドの上の水波は、微妙に目を逸らしている。

 達也が水波に近づくと、香澄がその分横に距離を取り、深雪が達也についていくと、泉美は深雪に場所を譲る。結果的に達也たちと香澄たちが入れ替わる恰好となった。

 

「水波、具合はどうだ?」

 

「はい、少しずつ元に戻って参りました」

 

 

 感覚が、とはっきり言わなかったのは、香澄と泉美に詳しい病状を打ち明けていないからか。水波の身体が力を取り戻しているのは、彼女が既に補助外骨格の助けを必要としていない事からも分かる。だが感覚障害は、外から見ただけでは分からない。

 

「良かった……」

 

「そうか」

 

 

 本人の口から症状の改善を聞いて、深雪が右手を胸に当てて安堵の息を吐き、達也も少し口元を緩めた。

 

「俺が改めて言う必要は無いかもしれないが、無理に早く治そうとしないことだ」

 

「はい」

 

「お医者様は何と仰っているの?」

 

「あと二週間で退院出来るだろうと」

 

「それはリハビリも含めて?」

 

「そこまでは伺っておりません」

 

「そうなの? あっ、でも、もし自宅でリハビリが必要でも、心配しなくて良いのよ? 私たちがいくらでもお手伝いするから」

 

「そんな、畏れ多いです!」

 

「遠慮はしないで欲しいのだけど……」

 

「ですが……」

 

 

 少し悲しげな深雪と困惑を深める水波、そんな二人を見て、泉美が二人の会話に口を挿んだ。

 

「深雪先輩。よろしければ私が、退院後のリハビリをお手伝いしたいと存じますが」

 

「泉美ちゃんが?」

 

「はい。もし、お差支え無ければですけど」

 

 

 ここで泉美の真意を疑うのは、邪推というものだろう。達也は自分にそうツッコミを入れた。泉美は同級生として水波を思いやってくれているのであって、深雪の自宅に上がり込みたいという欲求からこんなことを言っているのではないはずだ。

 

「泉美……まさか、水波を出汁にして会長の家に入り浸ろうなんて……考えて、ないよね?」

 

「し、心外です! そんな不埒な事を考えてなどおりません!」

 

 

 だが達也が自重した質問を、香澄は遠慮しなかった。残念ながら、泉美の顔にも声にも動揺が浮き出ている。香澄は目を半眼に開いて泉美を見据えた。泉美は香澄から顔こそ背けていないが、視線が合わないように目を泳がせていた。

 

「……会長。泉美がお宅にお邪魔する時は、私も同行しますから」

 

「ありがとう、二人とも」

 

「ところで達也先輩、今日は忙しかったのではなかったのですか?」

 

「用事は済ませたから水波の見舞いに来たんだが、邪魔したか?」

 

「いえ、そういう事ではないのですが……朝早くに出かけたのを見かけたので、今日はこっちに戻ってこないのかと思ってました」

 

「俺だけなら兎も角、深雪は明日学校があるんだ。そこまで遅くなる用事に連れて行くはずがないだろ」

 

「そう…ですね……」

 

「香澄ちゃん?」

 

 

 疑いの目を深雪に向けていた香澄を、泉美が訝し気な声で呼ぶ。香澄は深雪なら学校より達也を選んでも不思議ではないと思っているのだが、達也がそんな事を許すはずもないと無理矢理自分を納得させた。

 

「何でもないよ。それじゃあ達也先輩、会長も。また明日です」

 

「ちょっと、香澄ちゃん! 深雪先輩、また明日お会いしましょう」

 

 

 香澄は自分が何を考えていたのかを泉美に覚られないよう、半ば強引に引っ立てるような恰好で泉美と二人で病室を出て行った。




泉美はどうしても裏を感じるんだよな……深雪に会いたいだけなんじゃないかって

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