劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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軍人だから仕方がないのかもしれない


気分の問題

 二人が話しているのは格納庫の中だ。エアカーは制度上四輪自走車として登録されているから「ガレージ」と言うべきかもしれないが、大きさといい整備用の機械類といい「ガレージ」よりも「格納庫」がしっくりくる。その隅に屋外用のテーブルがあって、それにマッチする椅子が四脚置かれている。達也がそのテーブルへと向かって歩き出したので、リーナとミアは彼の後に続いた。

 兵庫が椅子を引いてリーナを見る。達也がその向かい側に座り、ミアが兵庫が引いた椅子の隣に腰を下ろしたので、リーナは遠慮する事も出来ず、兵庫が引いた椅子に腰を下ろした。兵庫が三人にアイスティーを持ってきて、達也が兵庫に目でお礼を告げてから、リーナへ改めて顔を向けた。

 

「それで、何が欲しいんだ?」

 

 

 単刀直入に聞かれて内心は少し怯みを覚えていたが、リーナはそれを態度に出さなかった。

 

「私は四葉家に保護してもらっているのであって、USNAとの交渉に使われる捕虜じゃなわよね?」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

「だったら、お世話になる時に預けたCADを返して欲しいのよ」

 

「何故?」

 

 

 その質問をリーナは予期していたが、実際に直面してみると、答えを返すのに少々気合いが必要だった。

 

「丸腰でいるのは、落ちつかないのよ」

 

 

 聞く者の気分によっては、敵対宣言とも受け取られ得る不穏なセリフだったが、リーナは当たり障りがない穏当な理由を思いつけなかったし、何も疚しい気持ちが無いのに本心を誤魔化したくないと思った。それに達也はこの程度の我が儘で気を悪くする器ではないと、リーナは心のどこかで思っていた。

 

「別に不自由はさせていないはずだが」

 

「気分の問題なの!」

 

 

 リーナが強い態度に出られているのは、達也が笑っているからだ。要するにリーナは達也に甘えているのだが、本人にそのつもりは無いのだろう。気付いていない、というべきかもしれないし、彼女の死角で、ミアと兵庫が微笑ましげにリーナを見ている事に気付いていないのも、その原因の一つかもしれない。

 

「気分か。まぁ、理解出来る」

 

「だったら!」

 

「だが、その要望には応えられないな」

 

「どうしてよ!?」

 

 

 てっきりCADを返してもらえると思ったリーナだったが、達也の返事に問い詰めるように語気を強め、テーブルから身を乗り出した。だがその程度で達也が慌てるはずもなく、彼は冷静な口調でリーナの問い詰めに答えた。

 

「USNA軍のCADを日本国内で使わせるわけにはいかない。君ですら知らないギミックが組み込まれている可能性がある」

 

「うっ……」

 

 

 リーナがコメディエンヌのような反応を返す。ただし、彼女はこれで大真面目だ。下手に使って居場所を割り出されないとも分からない物を、達也が――四葉家が簡単に使わせてくれるはずもないと理解出来るだけの冷静さは持ち合わせていたからの反応だ。

 

「だが代わりのCADなら用意してある」

 

 

 暫くは落ち着かない日々を送る覚悟を決めていたリーナは、達也のこの一言に食いついた。

 

「えっ? 用意してあるって、あらかじめ準備しておいてくれたの?」

 

「この施設の守りには万全を期しているつもりだが、相手はUSNAだ。もしもの時は、自衛手段が必要だろう?」

 

「達也……人が悪いわ」

 

 

 リーナが半眼に開いた目で据わった眼差しを達也に向ける。所謂「ジト目を向ける」というやつだが、達也はリーナの「ジト目」を平然と受け流し、人が悪いと言われた事に関しても特に何も言わなかった。

 一高に入学したての頃、エリカから同じような事を言われた事があるし、その時はエリカをからかってみせたりもしたので、この程度の悪口は彼には通用しない。だがリーナにはそれが分からず、自分の責めに対して無反応な達也を、少し不気味そうに眺め続けた。

 

「秘密にしていたわけではない。リーナがせっかちだっただけだ」

 

「呑気すぎて緊張感が無いよりマシでしょ」

 

 

 リーナの反論にはもっともな面があったが、顔が赤くなっていた所為で説得力はあまり備わっていなかった。だがその事を指摘する事はせずに、達也は視線をミアに向けた。

 

「ミカエラさんの分も用意してある。CADは調整施設に置いてあるから、ついでに調整も済ませてしまおう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「……達也が調整してくれるの?」

 

「慣れているから心配するな」

 

「あっ……そういえば達也は『トーラス・シルバー』の片割れだったわね……いろいろあって忘れてたわ」

 

「そういう事だ」

 

 

 達也が立ち上がる。リーナは半分になっていたアイスティーを一気に飲み干して、既にテーブルを離れていた達也を追いかけた。

 

「それにしても、随分と至れり尽くせりね」

 

「日本政府がどう思おうが、リーナは既に帰化して、来年には四葉家に入る人間だ。それ相応の対応をするのは普通だと思うが? それとも、もっとひどい扱いをされると思っていたのか?」

 

「正直に言えば、そうね。半ば逃げ出すようにUSNAから帰ってきた面倒な相手だもの。噂通りの四葉家なら、もっといい加減に扱っても不思議では無いと思うけど?」

 

「だから、噂など当てにならないものだからな」

 

 

 達也が興味なさげにそういうと、リーナもそれ以上何も言わずに達也の後に続いたのだった。




リーナじゃ達也相手に口で勝てるわけがない

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