達也とリーナ、そしてミアはエレカーの格納庫から感応石精製ラインを含むCAD工場の隣に建てられた研究施設に移動した。交通手段は残念ながらエアカーではなく、水素エンジンのオフロード車だった。
「リーナたちにはこれを使ってもらおうと思う」
調整室に入る前に、リーナたちは会議室のような小部屋に連れていかれた。そこで達也は彼女たちに、金色の太いチョーカーと銀色を基調とした幅広のブレスレットを見せた。
「ボタンが無いけど……もしかして、FLTの完全思考操作型?」
「よく分かったな」
達也は満更お世辞でもなさそうな声でリーナを称賛した。
「FLTの完全思考操作型CADは、ステイツでも話題になっていたから……」
手でスイッチを扱う事なく思考だけで操作するCADは、まずドイツのローゼン・マギクラフトが商品化し、日本のFLTがすぐにそれに続いた。しかしまだ、三番手の企業は登場していない。今のところ完全思考操作型CADを発売しているのはローゼン・マギクラフトとFLTだけで、現時点における市場の評価は後発のFLTが優勢だった。
「スターズでも試している隊員はいたけど、私は使った事ないわ。いったいどういう仕組みなの?」
リーナの告白は、達也にとって意外なものだった。彼女にはあの戦術魔法兵器『ブリオネイク』を開発した科学者だか技術者だかが付いているはずだ。達也は面識どころかその科学者の名前も知らないが、その者の技術力は『ブリオネイク』を見ただけで疑い無いものだった。あれ程の技術力をも持っていれば、完全思考操作型CADの実用化も可能なはずだ。「不可能ではない」ではなく、確実の可能で、市場に製品が出回っている状況下では大して時間もかからないと断言出来る。しかし達也は、その疑問を口にしなかった。
「FLTの完全思考操作型CADには、既に製品化済みの非接触型スイッチを発展させた技術が使われている」
「想子波で操るという事?」
「そうだ。このチョーカー形態の特化型CADは想子を注ぎ込むことで、一種類だけの起動式を出力する。細かく絞り込まれた想子波を指定した場所に照射する無系統魔法の起動式だ」
「想子を注入するだけで作動するの?」
「出力する起動式を一種類に限定しているから、スイッチとしてはそれで十分だ。チョーカー形態の操作用デバイスは思考操作型ではなくセミオート型と言うべきだろう」
「武装デバイスと同じような仕組みね」
リーナの指摘がある程度的を射ていたのか、達也は「そうだな」と頷き、言葉を続けた。
「チョーカーが出力する起動式には、ブレスレットの内蔵スイッチがターゲットとして指定されている。使いたい魔法の番号を変数として無系統魔法の魔法式に組み込むだけで、ブレスレットタイプから望みの起動式が出力される」
「……つまり『何番の魔法を使いたい』と考えただけで起動式を呼び出してくれるという事?」
「大雑把に言えば、その通りだ」
リーナの考えは達也が言ったように大雑把だが、リーナはその大雑把な説明で十分な衝撃を受けた。
「ちょっと、それって凄い事じゃない? CADを手で操作する手間は、白兵戦を行う魔法師にとって軽くない枷だわ」
CADは魔法の発動を高速化するツールだ。CADを使用した魔法のスキームが確立する事によって、魔法師は銃器で武装した大勢の兵士と正面からやり合える力を得た。だが今度はCADを操作するアクションが、一瞬を争う場面で勝敗を分ける隙としてクローズアップされている。特化型CADはその欠点をカバーする為の物だが、そうすると今度は使える魔法の種類が限られてしまう。
FLTの完全思考操作型CADは、これらの問題をすべて解決するツールだった。特化型CADに思考操作機能を組み込んだローゼンの製品と違い、FLTの製品は操作用のデバイスと本来のCADの役割を担うデバイスを分けている。デバイスを二つ持たなければならないという欠点はあるが、特化型だけでなく汎用型も使えるという点で、「操作に手を使わない」というニーズと、「戦術の幅を狭めたくない」というニーズを同時に満たしている。
「気に入ってもらえたようで安心した。操作用デバイスは最大四機とペアリング出来るんだが、とりあえず汎用型一機で良いだろう」
「十分よ」
もしかして一つの操作用デバイスで汎用型と特化型を両方操る事も可能なのかという思いつきがリーナの脳裏を過ったが、この場では口にしなかった。考えただけで汎用型と特化型を使い分けられるというのは都合が良すぎると思ったのと同時に、達也が頷いたとして、その場合に自分がどんな顔をするのか予測出来なかったという二つの理由が、彼女が懐いた疑問を口にするのを憚ったのだ。
「ミカエラさんも、今の説明で理解出来ましたか?」
「えぇ、後は使ってみて何も無ければ、私からは何も質問はありません」
「分かりました。リーナも、今はもう疑問は無いか?」
「えぇ、後は使ってみた後に聞くかどうか決めるわ」
そう答える事で、リーナは自分の中に芽生えた疑問に蓋をすることに成功したのだった。
達也の技術力は凄いからな