劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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貸し切れる金があるのが凄い……


事情説明 その1

 第一高校の通学路にある喫茶店『アイネ・ブリーゼ』の扉を達也がくぐった時には、既に深雪と友人たちが顔を揃えていた。

 

「あっ、達也くん、いらっしゃーい」

 

「達也さん、お待ちしてました!」

 

 

 エリカとほのかが、ほぼ同時に声をかけて達也を歓迎する。達也は軽く手を上げてそれに応え、空いている深雪とほのかに挟まれた席に腰を下ろした。店内に、他の客の姿は無い。達也が尋ねる前に、深雪が「今日は貸し切りにしてもらいました」と説明した。

 

「達也くん、これはサービス」

 

 

 マスターが小型のガラスポットをカウンターに置いた。中にはしっかりと淹れられた水出しコーヒー。ほのかと雫が素早く立ち上がって、ポットをほのかが、カップを雫がトレーに載せて、テーブルに運ぶ。達也が二人にお礼を言っている間に、マスターは「帰りに声をかけてね」と言って店の奥に引っ込んだ。

 達也が入って来た時から、店の中には盗聴防止の魔法が掛かっていた。幹比古の音声結界だ。それを大袈裟に感じている者はいない。こうして達也が自分たちをわざわざ集めたからには、よほど重要な内容なのだろうと、全員が察していた。

 

「せっかくマスターに気を遣ってもらったんだ。早速本題に入ろう」

 

 

 ほのかがカップに注いだコーヒーを前にして、達也が話を切り出す。友人たちの目と耳は、既に達也へ向いていた。

 

「九島光宣がパラサイトになった」

 

「……『九島光宣』って、論文コンペで二高の代表だった九島光宣くんですか?」

 

「そうだ」

 

 

 光宣と面識があるメンバーと、既にある程度の事情を聞かされていた人間は声を出さなかったが、そのどちらでもない美月が遠慮がちに問い掛け、達也はためらわずに頷いた。

 

「……達也くん、詳しい事情をもう一度話してくれる?」

 

 

 エリカが鋭い眼差しを達也に向ける。何故美月まで巻き込んだのかという目だと達也は気づいたが、それに対応するつもりは無かった。

 

「俺も全てを知っているわけではない。分かっているのは、光宣が自分の意思で人間を捨てたという事と、光宣が何を目的としてパラサイトになったのかという事だ」

 

「その『分かっている事』は教えてもらえるんだろ?」

 

 

 レオはいち早く落ち着きを取り戻していたが、その双眸に宿る光の強さは、エリカに劣るものでは無かった。隠し事は許さない。彼の目は、そう語っていた。

 もっともレオに睨まれたからといって、達也がこの場で話す内容に変化はない。多かれ少なかれ事情を話しているとはいえ、彼は最初から光宣がパラサイト化した背景について、教えられる範囲内で説明しておくつもりだったからだ。

 

「光宣の目的は、水波が入院した理由に関係している」

 

「……ただの怪我じゃねぇのか?」

 

「何を言って……あぁ、あんたはお見舞いに行ってないんだっけ?」

 

「あぁ。さすがに女子が入院してる部屋にはいけねぇよ」

 

 

 意外と紳士的な回答に、エリカが茶化そうと何かを考えたが、結局何も言わなかった。

 

「水波が入院している理由は、魔法演算領域に大きなダメージを受けたからだ。完全な回復は望めない」

 

 

 達也が打ち明けた事実に、質問したレオだけでなく、深雪を除く全員が絶句した。水波の入院理由を知っていたエリカたちも、完全な回復が望めないとまでは知らなかったのだろう。

 

「今すぐ命に関わる事は無い。だが高威力の魔法が引き金になって、症状が決定的に悪化する可能性がある」

 

「何故そんなことに!」

 

 

 言葉を失っていたレオが吼える。水波はレオが部長を務める山岳部の部員。この中では達也と深雪に次いで、身内意識を持っているのだ。

 

「それを説明するつもりは無い。今、話しておかなければならない事は別にある」

 

「……良いぜ。だったら、そっちを聞かせてくれ」

 

 

 歯を食いしばったレオの顔は、達也の言葉に納得しているようには到底見えなかったが、彼はこの場面でも強い自制心を発揮した。

 

「光宣は水波を治療する方法を試す為に、自らパラサイトとなった」

 

「ちょっと待って、達也」

 

 

 達也の言葉を受けて質問をしようとした幹比古だったが、彼はなかなか次のセリフを発する事が出来なかった。

 

「……つまり光宣君は、桜井さんを治療するために、パラサイトを取りつかせようとしているのかい? 自分を実験台に使って?」

 

「本人はそう言っている」

 

「馬鹿な……正気の沙汰じゃない」

 

「光宣は本気だ」

 

 

 放心状態に陥った幹比古に、達也は容赦なく事実を告げた。

 

「要するに、光宣が水波を攫いに来るということ?」

 

「光宣は桜井を、攫いに来たんだな? それで、達也に撃退された。そういうこったろ?」

 

 

 達也が言おうとしたセリフをエリカが横取りし、レオが更に踏み込んだ問いかけを達也にぶつけた。

 

「そうだ。一度目は撃退出来た」

 

「達也、君が……負けるかもしれないと?」

 

「やられはしない。だが、容易な相手でもない」

 

 

 幹比古の問いかけに、達也は「負けない」と断言しなかった。

 

「それは、達也くん自身がやられちゃう事は無いけど、水波を守り切れないかもしれないって思っているという事だよね?」

 

「そうだ」

 

 

 エリカのセリフに達也が頷いたのを見て、幹比古はとりあえず安堵した。彼は達也が負けるかもしれないという事に不安を覚えていたのだ。無意識に胸を撫で下ろした自分に気が付き、幹比古は誰に聞かせるでもなく一つ咳ばらいをしたのだった。




信頼度は相変わらず

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