劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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相変わらずの出迎え……


精霊の襲撃

 六月二十五日、火曜日の早朝。達也は久しぶりに八雲の寺を訪れた。事前に連絡は入れていないが、達也としては八雲が留守でも文句をつけるつもりは無かった。ところが、予想外の歓迎が達也を待っていた。

 新居から九重寺はそれなりに離れている。走っていけない距離では無かったが、達也は現下の情勢を鑑みて飛行バイク『ウイングレス』を使った。着ている物は普通のバイクウェアではなく、四葉製飛行戦闘服『フリードスーツ』だ。バイクを降りた後、彼はヘルメットを脱いで左手にぶら下げていた。何時もの特化型CADは持ってきていないが、『フリードスーツ』には完全思考操作型CADが組み込まれている。

 山門をくぐっても、門弟による何時もの乱取りは発生しなかった。それどころか、人の気配がまるでなかった。留守でも構わないと考えたのはフラグだったか、と達也が考えた直後、それは襲ってきた。

 実体の無い、気配そのもののような「モノ」。伝わってくるのは明確な敵意。達也はその正体を見極めるより先に、想子流で迎撃した。一瞬で術式解体の密度まで高められた想子の激流が、同じくらい高密度の想子構造を持つ情報体を弾き飛ばす。

 

「(独立情報体……「使い魔」か? それとも自然に発生した「魔神」か?)」

 

 

 世間では希に、大量かつ高密度の想子組織で形成された独立情報体が自然発生すると、達也は四葉家で彼を鍛えた古式の術者から聞いたことがある。通常の独立情報体は単に情報を保存するだけで事象に干渉する力を持たないが、内部に抱え込む情報と想子の量がある水準を超えると自分だけで事象に干渉を始めると。それを古人は神と呼び、魔と呼んで恐れ、またそれらを元に精霊魔法や召喚魔法と呼ばれる、独立情報体を使役して事象を改変する魔法を編み出した。達也の教師を務めた古式魔法師は、そう教えた。

 達也が吹き飛ばした独立情報体が、反転して再び襲いかかってくる。この時点で分かった事が二つ。この「精霊」は「風」の独立情報体であること。そしてこの「精霊」は、人の意思によって制御されているということ。

 

「(師匠の仕業か?)」

 

 

 しかしそれにしては、情報体に乗せられている敵意が本気過ぎる。独立情報体に込められている攻撃力は、当たり所が悪ければ死に至るレベルだ。とりあえず目の前の脅威を取り除くため、達也は術式解散で「風の精霊」を消し散らそうとしたが、彼は次の瞬間、情報体分解魔法・術式解散を放たずキャンセルした。

 術者を八雲と断定して戦闘を中止したのではなく、達也は術式解散の代わりに、想子を圧縮して放つ無系統魔法を行使した。押し固めた形状は網。と言っても、細かな網目まで再現されているわけではない。薄く広げた想子の膜で標的を押し包む様は、網というよりも風呂敷の方が近いかもしれない。無論、直径三メートルなどという巨大な風呂敷は存在しないのだが。

 突っ込んでくる「風の精霊」を想子の「網」で止め、押し包み、更に外側から圧力をかける。だがすぐに「網」は切り裂かれてしまった。拘束を逃れた精霊が、自らを風の刃と化して達也に襲いかかる。達也はそれを、横に跳んで躱した。砂利の地面を転がって立ち上がった達也の左腕から赤い血が滴り落ちる。肩に近い部分がぱっくりと裂けていた。

 相手は透明な空気の刃、避けたつもりでも完全には躱しきれていなかった。それにしてもこれは、明らかに稽古の威力ではない。もし着ている物が『フリードスーツ』でなければ、上腕部から左腕を切り落とされていたかもしれなかった。ただスーツが避けて血に染まっていたのは、ほんの一秒程度の間だけ。達也の魔法『再成』が発動したのだ。

 これが生身の相手なら、驚愕が生まれたかもしれないが「風の精霊」が操りだす攻撃に停滞は無かった。再び、風の刃が迫る。達也は独立情報体へ、右手を開いて突き出した。その先に想子の盾が形成される。高密度の想子から成る盾にぶつかって「風の精霊」が前進を阻まれる。独立情報体によって維持されていた高圧空気の刃が、圧縮を解かれ爆風となって達也に押し寄せる。単なる風に、フリードスーツを切り裂くことは出来なかった。

 達也が右手を握り締めるように閉じる。達也の想子が「風の精霊」を中心にして集まってくる。独立情報体ごと圧し固められていく。大型乗用車を呑み込む程の広がりを持っていた想子の雲が、掌に収まる大きさの玉になった。実態を持たず肉眼には見えない、水晶玉のような想子の球体。「風の精霊」はその中に閉じ込められている。想子の球体から「精霊」が抜け出してこないのを確かめて、達也は息を吐いた。最初の回避の際に投げ捨てたヘルメットを探して足下を見回す。その注意が逸れた一瞬の出来事だった。

 手に持つ想子球に、内側から爆発的な膨張圧力がかかる。達也は右手、掌の上に固定していた想子の球体を真上に投げ捨てた。右手を下ろし、その反動を利用して左手を勢いよく突き上げる。想子球を爆発させて「風の精霊」は自らも爆発した。それにより生み出された衝撃波と、達也の左手から放たれた術式解体が彼の頭上で激突し、無数の同心円を描く想子の波紋となって境内一杯に広がった。




普通なら冗談で済まないだろうが……

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