達也が校門まで来ていたが、教室に現れないのを見て、エリカは今日は授業に参加しないのだろうという事を理解した。
「達也くんがいないと静かよね」
「達也さんは殆ど何もしゃべってないと思うけど? エリカちゃんやレオくんが達也さんの周りで騒いでるだけじゃない」
「美月も結構言うようになったよね」
「そう? エリカちゃんたち相手に、何時までも大人しくしてたら駄目だって学んだからかな」
達也の席に腰を下ろしながら美月と話しているエリカに、他のクラスメイト達が何かを言ってくる――なんてことは起こらない。何か言いたげな視線を向けてくる人はいても、実際にそれをエリカ相手に言える人はいないのだ。
「それにしても、達也くんも忙しいよね。昨日エネルギープラントの製造予定地を見に行ったかと思えば、今度は新しい魔法の研究だもん……」
「新しい魔法?」
「パラサイトを封印する手立てを考えてるんだと思うよ」
周りの耳を気にして、エリカは小声でそう告げると、美月も納得したように頷いて、それ以上何も聞かなかった。
「エリカちゃんたちも、詳しい事は聞いていないの?」
「他の人たちよりかは知ってるとは思うけど、具体的な事は何も聞かされてないわね。そもそも、トゥマーン・ボンバで襲われそうだったってことだって、あたしたちも知らなかったんだし。聞かされていたのは深雪だけ」
「あの日はちょうど深雪さんのマンションから通ったから、じゃないの?」
「どうだろうね。まぁ、結果的に達也くんに助けてもらった人が大勢いるわけだし、文句を言う立場じゃないとは思うけどね」
元をたどれば、達也を消し去ろうとしたベゾブラゾフの攻撃に巻き込まれそうになったのだが、それを言ってしまえば達也だって被害者になってしまうので、その事で達也に文句を言う人間は一高には存在しない。いや、心の中では文句を言っている人間はいるのかもしれないが、それを言葉にするだけの度胸がある人間がいない、と言った方が正しいかもしれない。
戦略級魔法を――しかも長遠距離からの攻撃を一瞬で無力化するような魔法を、ここにいる誰もが知らない。だが実際達也が魔法を行使した事は、授業中でその光景を見ていたこのクラスの人間全員が知っている。後から一高が戦略級魔法の脅威に曝されていて、それを達也が無力化したという情報を得たのだが、結果的にここにいる全員が達也に救われたというのが、事実として一高全体に広がっているのだ。
「深雪が正面に立って話してるわけだし、そこに反論すれば生徒会や四葉家が出てくるかもしれないって思ってるんじゃないの?」
「生徒会の皆さんは兎も角、四葉家まで出てくるでしょうか?」
「さぁ、そこはあたしも分からないけど……でも七草先輩たちが出てくる可能性はあると思うわよ。七草家にとっては不本意かもしれないけど、娘二人を達也くんに救われちゃったわけだし、七草先輩もかなりのシスコンだからね」
「せめて姉妹仲が良いって事にしておいてあげたら?」
「一緒に住んでるから、それで済ませられない程心配してたって知ってるから無理」
真由美もトゥマーン・ボンバを無力化してから情報を得たので、心配する必要は無かったのだが、それでも妹二人が戦略級魔法の脅威に曝されていたというのは衝撃的だったのだろうと、エリカは慌てふためいていた真由美を見てそんな事を思っていたのだ。
「まぁ達也くんの研究の方が、魔法師の未来を広げる結果になるって分からない人もまだいるみたいだけどね」
「最近はマスコミも前ほど騒いでいないけど?」
「自分たちの無能さをこれ以上広めない為に、達也くんの研究も報道してないけどね。あれだけ達也くんをUSNAに差し出せとか言ってた連中も、最近ではすっかり鳴りを潜めてるわけだし」
エリカの視線が、空席になっている十三束の席に向けられている事は、美月にも理解出来ている。だがそれを指摘する必要を感じなかったので、美月はあえてその視線には気付いていないフリをした。
「それにしても達也くん、授業免除を最大限有効活用してるわね」
「達也さんの頭脳なら、授業に参加しなくてもテストは困らないだろうし、もう卒業資格も貰ってるみたいだしね。参加する意味はないって深雪さんが言っていましたから」
「というか、最初から達也くんが高校に通う意味なんて無かったんじゃないかって、そんな事を言ってる連中もいるとか言う噂だしね」
「ちゃんと受験して入学してるんだから、そんな事を言う資格は誰にも無いと思うけど」
「あたしだってそう思うけど、陰で何かいうやつっていうのは絶対にいるのよ」
そういってエリカが視線を美月に向ける。美月はエリカの視線の意味を理解し、力なさげに肩を落とした。
「美月が気にする事じゃないわよ。っと、そろそろ時間だし、あたしは教室に戻るわ」
「うん、また昼休みに」
「はーい。それじゃあね」
エリカがあえて明るい感じで去って行ったのは、自分を気遣ってくれたからだと、美月はそんな友人の気遣いに感謝しつつも、自分の情けなさを実感したのだった。
来年もよろしくお願いいたします