劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一見双子が優勢ですが……


双子VS光宣

 真由美にこの場を任された香澄と泉美は、姉が向かった先に視線を向けながら彼女の心配をしていた。

 

「……お姉ちゃん、大丈夫かな」

 

「相手が光宣くんでも、お姉様がそうそう後れを取る事は無いと思うのですが……」

 

 

 香澄の問いに答える泉美の口調は自信なさげだが、彼女の表情から不安感は読み取れない。声音程、心配はしていないという事だろう。

 現在、七草家最強の魔法師は恐らく真由美だ。父親の弘一が子供たちとの力比べに参加する事は無いので絶対確実とは言えないが、兄弟姉妹の間で真由美が最も強いと実証されている。香澄と泉美は、二人がかりでも真由美に勝てない。彼女たちが真の意味で力を合わせる切り札、乗積魔法を使っても敵わないのだ。

 二人がのんびりお喋りをしているのは、会話と見張り以外にすることが無いからだった。光宣に倒された部下の応急処置はもう終わっている。元々大量の出血を伴うような大怪我を負ったものはいなかった。外から見た限りで分かる骨折もない。倒れた際に頭を打ったと推測される負傷者は一人いたが、脳のダメージは生憎と二人の手に負えない。腫れている個所を冷やして、救急車の代わりに七草家の援護部隊が来るのをとりあえず待っていた。口に出して相談はしていないが、何時までも救護班が来ないようなら目の前の病院に担ぎ込もうと、二人とも同じように考えていた。

 

「それにしても来ないね」

 

「来ませんね……」

 

 

 そして二人は、余り気が長くなかった。香澄は外見からしてせっかちだが、泉美も実は飽きっぽい性格だ。泉美の方は、マイページと表現した方が良いかもしれないが、いずれにせよ二人とも堪え性がないと言う点では一致していた。

 二人は顔を見合わせて、相手が自分と同じ考えであることを覚った。示し合わせたように、同時に病院の裏口へ振り返る。そして怪我人運搬の手伝いを依頼しようとした瞬間、二人の口は直前に意図したものとは別の言葉を放っていた。

 

「危ない!」

 

 

 しかしその警告は逆効果だった。裏口を守っていた二人の魔法師が、香澄と泉美に目を向ける。彼らの注意が逸れた瞬間、暗闇から魔法が放たれた。空中に激しい火花が散る。物質中から電子を強制的に抽出し放電現象を起こす魔法『スパーク』。放出系魔法の基礎的な術式だが、要求される事象干渉力は高い。一般的な魔法師は密度が低い=一定体積内の分子数が少ない気体をごく限られた対象範囲で電離するのが精一杯だ。ところが今放たれた『スパーク』は、二人の人間を丸々覆う広さをプラズマ化していた。正確には胸から下を覆う領域で、頭部は直撃していない。だが彼らは自らの肉体のコントロールを失って、痙攣しながら膝から崩れ落ちた。

 

「誰だ!」

 

 

 香澄が叫びながら魔法を放つ。激しい閃光が芸当と街頭の狭間に蟠る闇を照らした。誰だと訊ねてはいるが、相手が光宣だと香澄は確信している。光宣以外の人影が光に浮かび上がったならば、香澄は驚きの余り声を失っただろう。

 眩い閃光で抵抗力を奪う魔法の光に、光宣は目を細めただけで手も翳さなかった。強い光が濃い影を生み、光宣の美貌を彩る人外の趣を強調した。

 

「光宣、大人しくしろ!」

 

 

 香澄が『凍気弾』を放つ。空気を冷却しながら圧縮し、奪った熱量を弾速に換える魔法。真由美の切り札であるドライ・ミーティアを、二酸化炭素ではなく通常の空気で放つ魔法だ。窒素と酸素を主成分とする混合気体の凝固点が二酸化炭素よりも低いために凍結はしないが、高圧に圧縮されながら冷却された弾丸は、ドライアイスの弾丸とは異なる効果を発揮する。

 香澄が魔法を放つと同時に、泉美が領域干渉の防御陣を張り巡らせた。閃光の魔法の効果が切れ、光宣の姿が闇の中に沈む。香澄が放った『凍気弾』が魔法障壁に衝突して砕けた。魔法による拘束を解かれた空気が急激に膨張し、物理法則に従って氷点下数十度の冷気塊を作り出す。しかしその冷気にも、光宣が張ったシールドの内部に入り込めなかった。靄が生じ、シールドの表面に結露して、水滴が透明の壁を伝わり落ちる。光宣の魔法障壁は、個体そのものの「堅さ」を備えていた。

 光宣から魔法の攻撃が繰り出されたのは、香澄の『凍気弾』が砕け散るのと同時だった。泉美が領域干渉を展開しているテリトリーに、事象干渉の働きかけが発生する。領域干渉は魔法式を出力して行使する魔法ではない。自らの事象干渉力を使い続ける防御魔法だ。敵から魔法が放たれれば、それが手応えとして術者に伝わる。

 泉美は光宣の魔法を無効化しようと力を振り絞ったが、その抵抗はあっけなく突破された。空中に放電が生じる。十文字家の魔法師が喰らった『スパーク』よりも規模が小さいのは、泉美の領域干渉で事象改変の強度が下がっているからか。だが相手の魔法が発生した状態で、それはあまり慰めにならない。火花を散らすプラズマが香澄と泉美を襲う。そのプラズマを拭き散らした突風は、光宣に対する第二撃をディフェンスに転用した香澄の機転によるものだった。

 

「泉美、大丈夫!?」

 

 

 事象干渉力の力比べでダメージを負った泉美に、香澄が駆け寄り手を伸ばす。自分の肩に伸ばされた香澄の手を、泉美はその途中で掴んだ。

 

「香澄ちゃん、一人ずつでは無理です」

 

「分かったよ、泉美」

 

 

 泉美が何を言おうとしているのか、香澄は誤解しなかった。




やっぱり光宣は強い

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