劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この程度の脅しで止まるならやらないよな……


仮装行列の精度

 光宣は気流を操作して、酸素濃度を上げた空気を二人の鼻孔に吹き込んだ。そのまま強制的に、肺に酸素を流し込む。二人が同時に咳き込んで呼吸を再開した。光宣が次の魔法を使う。半覚醒状態で魔法抵抗力を失っていた二人を、古式魔法の幻術で睡眠へ導く。開きかけた二人の瞼が閉じた。ゆったりとした呼吸は、先ほどの失神状態と違って身体的に無害な熟睡状態にある証拠だ。

 光宣が安堵の息を吐く。この二人を傷つけるのは、彼の本意ではなかった。攻撃の魔法を向けるだけでも気が引けた程だ。彼はただ、水波を救いたいだけだ。水波の意思を確かめて、自分の考えを受け容れてくれるなら彼女をパラサイトにする。その後は二人でひっそりと隠れて暮らすつもりだった。もし水波が望むのなら、四葉家に返すつもりもあった。四葉家なら他の十師族が何を言おうと身内をかばうくらいの事は出来るはずだと考えていた。だから攻撃を受けても、出来る限り穏便に済ませたいと思っている。幼いころからの知り合いでそれなりに親しく付き合ってきた香澄と泉美に後遺症のリスクがある攻撃をしたのは、彼の中では苦渋の決断だった。

 しつこい後味の悪さを覚えながら、光宣は病院の裏口へ向かった。彼の目的は水波の誘拐だ。あえて言葉は飾らない。今日は彼女の意思を無視して、病院から連れ去るつもりで来た。最初から説得の時間は無いと思っている。光宣の計算では、既に達也が飛んできてもおかしくないだけの時間が経過していた。

 光宣が裏口のドアへ手を伸ばす。だが彼はその直後、手を引っ込めて大きく後方へ跳び退る事を余儀なくされた。彼の残像をドライアイスの弾丸が撃ち抜く。

 

「光宣くん、投降しなさい!」

 

 

 頭上から降ってきた声に、光宣は顔をあげた。

 

「幻術が、もうばれたのか……」

 

 

 光宣が思わずつぶやく。病院の屋上から、真由美が彼を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣の姿を追いかけて屋上に跳びあがった真由美は、そこで足を止めた。光宣が、反対側の縁で立ち止まっていた。厚い雲に遮られて、月も見えない。この高さからだと、都心の雲が地上の照明を反射してぼんやり光っているのが見える。その微かな光が、光宣の後姿を辛うじて浮かび上がらせていた。

 光宣は、真由美に背を向けている。彼女が攻撃の為に想子を活性化させても、振り返らない。

 

「光宣くん、大人しくしなさい! これ以上抵抗しなければ、悪い様にはしないわ! 貴方の話も、ちゃんと聞いてあげる!」

 

 

 真由美の呼びかけにも、光宣は反応しなかった。攻撃の兆候どころか、防御の素振りすら見せていない。真由美は迷った。無抵抗の相手を攻撃するのは、さすがに躊躇いを覚える。だが、ここで見逃す事も出来ない。光宣はパラサイト化している。彼女自身の目で確認したわけではないが、こんなことで達也が偽りを口にするとは思えない。彼女の婚約者は、そんな悪質な嘘を吐く人間では無かった。そしてパラサイトは、放置して良い存在ではない。

 

「光宣くん、CADを足下に置いて両手を挙げなさい」

 

 

 真由美が自分自身に決断を促すつもりで光宣に投降を呼びかける。光宣が屋上で初めて反応を見せた。顔だけ真由美へと振り返る。彼の横顔は、怪しく、邪悪で、それでいながら人間離れして美しい笑みを浮かべていた。

 いや、人間離れと言うより、人外。光宣がパラサイト化したという話を、真由美は疑っていたわけでない。だが彼女はこの時漸く、本当の意味で、光宣が人以外の存在に変わったと確信し、納得した。

 

「やっぱり……自分の目で見るまでは半信半疑だったけど、達也くんが言ってた通りなんだね……」

 

 

 心のどこかで達也の勘違いじゃないかという希望を抱いていた真由美だったが、自分の目で確かめてしまった以上、これ以上光宣を擁護する意味はなくなった。

 真由美が得意魔法『魔弾の射手』の魔法式を組み上げた。最早彼女に、躊躇は無い。

 

「これで最後よ、光宣くん。投降しなさい! さもなくば、貴方の身体を撃ち抜くわよ」

 

 

 真由美からの最後通牒にも、光宣は反応しなかった。彼女は光宣を取り囲む位置に設定した十二の銃座から、ドライアイス弾を射出する。肩、胸、腹、太腿を冷たい弾丸が貫いた――否、すり抜けた。

 

「(幻術!? これが『仮装行列』!?)」

 

 

 情報次元に及ぶ幻術を作り出し相手の照準を狂わせる九島家の『仮装行列』。今回の作戦に従事する事が決まった際、真由美はこの魔法の存在を父親の弘一、そして達也から教えられた。あらかじめ聞いていた通り、実物と全く見分けが付かない質感。真由美は『魔弾の射手』の行使に当たって同時に六方向から光宣の姿を見た。だがどの角度から得た視覚情報にも、違和感をまるで覚えさせなかった。

 

「(達也くんから言われたように、全く見分けが付かなかった……達也くんの『眼』なら、気付けたのかもしれないけど……)」

 

 

 自分とは異なる眼を持っている達也ならば、この光宣が実物ではないと瞬時に見破っただろうと、真由美は反省する。覚悟を決めたつもりだったが、いざ光宣を目の前にして投降を促してしまった自分の心の弱さを。そして、今度は一切の容赦をするつもりは無かった。




覚悟を決めきれないのは仕方がないのかもしれないが……

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