水波の病室には寄らず、達也と深雪、そして七草三姉妹は深雪の生活拠点であるマンションへ移動した。
「ここが深雪先輩が生活しているマンション」
「泉美、分かってるとは思うけど、迎えが来るまでだからね」
「それくらい、何度も言われなくても分かっています。香澄ちゃんもかなりしつこいですよ」
「だって、泉美の事だから、そのまま司波会長の部屋に泊まるとか言い出しそうだし」
真由美と香澄はそのまま泊ってもさほど問題にはならないが、泉美は四葉家に嫁入りするわけではない。あまり長い時間四葉の息が掛かった場所に居続けるのは、泉美ではなく七草家当主である弘一が気にするだろうと、達也が七草家の気持ちを汲んだ結果、迎えが来るまで深雪の部屋で待つという事に落ち着いたのだった。
「香澄ちゃんも泉美ちゃんもあまり大きな声を出さないで頂戴。ここには深雪さん以外にも生活してるんだから、他の人に迷惑でしょ」
高校生になった妹に対してする注意ではないが、真由美は本気で二人に注意している。この程度で四葉家から抗議が来るとは思っていないが、自分たちの所為で七草家の立場を悪くするのは避けたいのだろうと、達也はそんな事を思っていた。
「先輩たちは紅茶でよろしいですか?」
「お構いなく。私たちも迎えの車が来たら新居に戻るわけだし」
「ですが、迎えの車が来るまでいろいろとお話しするでしょうし、達也様はご自分だけ飲み物がある状態を嫌いますから」
「そうなの? じゃあ、深雪さんにお任せするわ」
「かしこまりました」
本音を言えば達也と二人きりの時間を邪魔されているので、一刻も早く帰ってほしいのだが、そんな事を感じさせない笑顔で深雪はキッチンへと向かう。
「それで達也くん、光宣くんはまた来ると思うかしら?」
「来るでしょうね。光宣の目的はあくまでも水波です。水波を手に入れるまでは何度でもやってくるでしょう」
「でも、いくら光宣くんがパラサイト化してるからといって、何度もやってくれば撃退される可能性だってあるじゃない? その可能性を考えないほど光宣くんはおろかでは無いと思うけど……」
「光宣にはパラサイトの治癒能力が備わっています。一度腕の腱を貫いたのですが、すぐに再生しましたので、致命傷でない限り一瞬で治るでしょうね」
「そんな……」
達也が告げた治癒能力は、真由美が深雪から聞いた達也の異能と同じだ。その事にショックを受けたのだが、達也の異能を知らない泉美は、光宣の治癒能力に驚いたんだと解釈していた。
「司波先輩は光宣くんを捕らえるおつもりのようですが、捕獲できる可能性はどのくらいなのでしょうか?」
「今の段階では何とも言えない。まだ術式も完成してないからな」
「それでしたら、捕らえずに倒してしまう方が良いのではないでしょうか? 例え光宣くんがこちらと事を構えるつもりが無くても、無抵抗に捕まってくれないという事は今日で分かりましたし、このまま野放しにしておくのは危険だという事も、身をもって体験しましたから、捕らえるのが難しいのならいっそ倒してしまった方が――」
「パラサイト単体ならそれでも良いだろうが、九島光宣という魔法師を、このまま始末してしまって本当に良いのか、俺にはそれが分からない。ヤツは魔法師界にとっても、かなり重要な才能を持っているからな」
達也が気にしているのは、最初からその部分だけ。有能な魔法師である九島光宣を、自分の独断で始末して本当に良いのかという、ただそれだけが達也の気がかりなのだ。それさえなければ、最初に対峙した時点でパラサイトごと始末することだって出来たのだ。
「達也様は光宣くんの才能を認めていますから、魔法師の地位向上の為にも光宣くんを人間に戻したいのですか?」
「それだけではないが、このまま始末するには惜しい才能の持ち主だからな」
「……達也くんなら可能なんだろうけど、始末するとか平然と言われるとちょっと反応に困るわね」
「今更ですね」
真由美のジト目を気にする様子もなく、達也は深雪が持ってきたコーヒーを啜る。真由美も達也の反応はある程度予想通りだったので、深雪から受け取った紅茶を一口啜った。
「司波先輩は実技が苦手だとお聞きしておりますが、本当に封印術式を完成させることが出来るのですか?」
「達也くんはいろいろとイレギュラーな存在だから、その辺は泉美ちゃんが心配する事ではないわよ。私たちじゃ真似できないような術式を完成させてくるでしょうから」
「そもそもボクたちじゃ達也先輩には敵わないって、泉美だって分かってるだろ?」
「まぁ、私たちの切り札を一瞬で消し去られた事がありますから、それくらいは……」
入学して早々に七宝との対決時に、香澄たちは乗積魔法を達也に消し去られた経験がある。あれがどういう原理なのか未だにはっきりとしたことは分かっていないが、自分たちの魔法が達也に通用しないという事だけははっきりと分かっているのだ。
「さて、一応怪我はないみたいですが、念の為病院には行った方が良いでしょうね。ご当主が良い顔をしないでしょうから、七草家の息のかかった病院をお勧めします」
「分かってるわ。まぁ、行く必要は無いでしょうけど」
真由美は達也に『再成』を使ってもらった場面を見ているのでそういったのだが、香澄は何となくで理解し、泉美は自分の身体を確認してから、真由美の言葉に頷いたのだった。
達也が治したんだし、病院は必要ない