劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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いろいろと想定外な結果だったようで……


光宣の反省

 真由美たちが七草家の車に乗り込み、遠ざかっていったのを確認してから、深雪は先程から気になっている事を達也に尋ねた。

 

「達也様。十文字先輩は光宣くんを捕捉出来ますでしょうか?」

 

「難しいだろうな」

 

 

 深雪は本気で光宣の追跡の首尾を気に掛けていたのだが、達也の答えは簡潔で悲観的だった。達也は光宣の手強さを身に染みて知っている――という理由からではない。

 

「十文字家の魔法は『鉄壁』『首都の最終防壁』の異名にも表されてる通り、拠点防衛に適したものだ。迎撃し、撃退する任務には無類の強さを発揮するが、追跡し、捕捉する仕事に向いているものとは思えない」

 

「そういえば『吸血鬼事件』の際にも、逃げ回るパラサイトの追跡には、あまりご活躍されていなかったと記憶しております」

 

「誰にでも得意不得意がある。十文字先輩自身も、追いかけるより迎え撃つ方が性に合うと思っているのではないか」

 

「達也様、適性と性向は必ずしも一致しないと存じますが」

 

「……一本取られたな」

 

 

 達也が笑いながら両手を挙げ、深雪が得意げな笑顔で応じた。

 

「十文字先輩がどう思っているかは別にして、病院に侵入するという目的から、光宣の行動範囲は自ずと制限されていた。病院の破壊を出来るだけ避けるという方針に縛られていれば、侵入経路は正面出入り口、夜間出入り口、職員出入り口、裏口、屋上に限定される。十文字先輩にしてみれば、光宣が自分の掌の上に飛び込んでくるのを待っていればよかった」

 

「しかし光宣くんには『仮装行列』と『鬼門遁甲』があります。どちらも、すぐ目の前にいながらその所在を見失わせる魔法です。来ると分かっていても、捉えるのは難しかったのではないでしょうか」

 

「光宣が何処にいるのか、正確に知る必要は無かったんだよ、十文字先輩には」

 

「……すみません、どのような意味でしょうか?」

 

「魔法障壁の用途は、内側を外側から守るだけじゃない。内側に閉じ込めて外に出さないという使い方も出来る。十文字先輩が魔法障壁をどの程度の規模まで広げられるか、詳しくは知らないが、十メートルや二十メートルでは収まるまい。光宣の行動範囲を予測して、その領域を取り囲んでしまえば良い。そうなれば『仮装行列』や『鬼門遁甲』では逃げられない」

 

「なるほど、何処に来るかが分かっていれば、十文字先輩ならば……」

 

「魔法的な偽装に拘わらず、捕捉出来る」

 

「ですが、何処に向かっているのか特定できない状況では、『仮装行列』や『鬼門遁甲』を破るのは難しい……ということですね?」

 

「俺はそう考えている。この推理が間違っていなければ、逃走する光宣を捕捉するのは困難なはずだ。人手を使って地道に探すのが一番の早道かもしれないな……七草家や九島家の捜索網に期待しよう」

 

 

 達也は深雪を安心させる為に、あえて明るい風を装ってそう答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣は個型電車のシートに背を預け、安堵のため息と共に後悔の独言を吐き出した。

 

「甘かった……」

 

 

 克人が指揮する十文字家の追跡部隊を振り切り、北陸方面に向かう個型電車に乗り込んだのが、十分前。パラサイトの治癒能力のお陰で、克人に負わされた怪我は既に治っている。『仮装行列』で顔を変えている光宣を乗せた個型電車がトレーラーに収容され、彼は漸く逃げ切ったと確信できた。

 光宣に、十師族を過小評価しているつもりは無かった。だが結果を見れば、なめていたと認めるしかない。彼は一人で、水波を連れ去るつもりだった。それが可能だと見込んでいた。だが実際には、病院内に侵入する事も出来なかった。七草家の三姉妹を無力化したところまでは良かったが、十文字家の当主に阻まれて、水波の誘拐を断念せざるを得なかった。

 真由美、香澄、泉美も、簡単に倒せたわけではない。短時間で決着をつけたので圧勝だったように見えるかもしれないが、三人とも彼が予想していたよりはるかに手ごわかった。香澄や泉美も一人ずつなら苦戦しなかったと思っているし、真由美に『仮装行列』を破られるとも思っていなかった。だが二人相手に苦戦し、真由美にも『仮装行列』を破られた。それは完全に予想外の出来事だ。

 そして十文字克人。光宣は克人の事をよく知らない。一応面識はあったが、単なる挨拶以上の言葉を交わした記憶は残っていない。実際に矛を交えてみて分かった事だが、克人はまさに「鉄壁」だった。改めて振り返ってみても、彼の守りを突破できるイメージがまるで湧かない。

 その直前に七草姉妹との戦いがあったのは、言い訳にならない。確かにあの連戦による消耗はあったが、光宣はそれを予測した上で、今夜の襲撃に踏み切ったのだ。それに真由美たちとの戦いで消耗していなかったとしても、克人を出し抜けたとは思えない。負けるとは思わないが、倒せる気もしない。

 

「(……僕にとっては、達也さんよりも強敵かもしれない……)」

 

 

 幻影と仮成体を無効化する『ファランクス』の特性。『仮装行列』に対して「範囲」で閉じ込め「面」で攻撃する戦術。

 

「(――自分一人の力では攻略できない……)」

 

 

 光宣は個型電車のシートで、無念さを噛みしめていた。




その克人も、達也に手も足も出なかったんだけどな……

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