劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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随分と簡単に密入国されるなぁ……


密入国者たち

 克人が指揮する十文字・七草連合から逃れた光宣は、いったん富山で個型電車を降りて適当な個室カフェに入った。追跡を完全に振り切ったかどうかを確認するためだ。

 完全ロボットサービスの個室カフェは、従業員とも他の客とも顔を合わせなくて良いかわりに、人間の代わりを務めるアンドロイドのカメラアイでネットワーク越しの監視を受けるリスクがある。だが今の光宣は『仮装行列』で目立たぬ容姿に顔を変えているので、カメラ越しに見られる事への警戒は無い。そもそもカメラによる監視を忌避するなら、現代のこの国では公共スペースを歩けない。

 個室カフェは飲み物・軽食の提供以外に、ネットワークサービスや店舗内限定の映像ソフトも提供している。しかし光宣は飲み物以外、注文も利用もしなかった。彼は時間を潰す為、占術を試してみようと考えた。周公瑾から得た知識によれば、完全な予知は望めないものの、今後の行動方針の参考とする程度の抽象的な情報は得られる。彼はウエストポーチから布製の遁甲盤を取り出した。ハンカチサイズの黒い布に緑、赤、黄、白、青の五色の糸で刺繍して作成したもの。『鬼門遁甲』ではなく、正統的な『奇門遁甲』をアレンジした占いの道具だ。今の自分にとって「吉」である場所を占った結果は「南西」「島」「空」「港」だった。

 

「(空と港は、普通に考えれば空港だよな? ここから南西で、島にある空港……いや、空港になっている島か?)」

 

 

 光宣の頭に思い浮かんだ候補は、関西国際空港と神戸空港。光宣は占術ではなく直感で、関空を目的地に定めた。次に「時」を占う。結果は「今日」の「夜」。まだ時間に余裕はあるが、現地で何が起こるのか分からない。早めに到着しておく方が良いだろう。

 追跡者の有無を確認するための時間は十分に経過した――追跡は受けていない。光宣は個室カフェを後にして、再び個型電車の駅に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この季節、関西地区の日没時間は十九時を越える。晴れていれば、残照がまだ闇に抵抗していただろうが、厚い雲に覆われた空は、地上に夜の到来を告げている。関西国際空港にUSNAロサンゼルスからの直行便が到着した。その飛行機には一人の若い男性と一人の少年が登場していたが、乗客の多くはアメリカ人だ。アングロサクソン系の外見も、全く目立っていなかった。

 真夜の情報と達也の推測はおおむね正しかった。間違っていたのは、今日来日したのが処刑チームではなく、その先遣隊という点だ。色の濃いサングラスを掛けた男性は――よく見れば、その右目が義眼だったと分かっただろう

――ジェイコブ・レグルス中尉。スターズから派遣されたのは、彼一人だ。連れの少年はレイモンド・クラーク。彼が再び日本にやってきたのは、父親であるエドワード・クラークの指示ではない。パラサイトの間の「話し合い」によって決まった事だった。

 レイモンドは達也を屈服させるという歪んだ執念を懐きながらパラサイトになった。その強い願望によって、レイモンドはパラサイトの中で司波達也暗殺に関する主導権を握っていた。

 

「電車乗り場はあっちみたいだよ」

 

 

 偽造パスポートで入国手続きを終え到着ロビーに出たレイモンドが連れのレグルスを振り返りながら指差す。

 

『電車を使うのか?』

 

「Sh!」

 

 

 レイモンドの言葉にテレパシーで応えたレグルスに、レイモンドは慌てて「声」を出さぬよう肉声で注意した。

 

「あ、ああ、すまない」

 

 

 レグルスがレイモンドに謝罪する。テレパシーの会話は盗聴マイクを気にせずに済む代わりに、魔法師や異能者に気付かれるリスクがある。彼らにとってどちらが厄介かといえば、圧倒的に後者だ。マイクは有効な距離に限度がある。相手が特定できていれば相当離れていても声を拾えるし、雑踏の中でも声紋フィルタリングで特定の音声だけ拾い出す事が出来る。だがターゲットが分かっていなければ、それも無理だ。精々キーワードを認識して、その音声を追いかける程度しか出来ない。

 一方、テレパシーには距離による制限が無い。個人の能力の強弱によってキャッチできる範囲は変わってくるが、他の魔法と同じで物理的な距離には本来縛られない。それに、テレパシーで会話している人間が絶対的に少ない。偶然テレパシーによる会話を聞き留めて、彼らの正体に気付く者がいないとも限らない。

 だから出国前に二人は話し合って、テレパシーは使わないと決めていた。ただ、パラサイト同士のコミュニケーションはテレパシーが自然な形態だ。レグルスは普通に話しているつもりでうっかりテレパシーを使ってしまった。それを指摘されて、素直に謝罪したという次第だった。

 

「一瞬だったし、僕の気にし過ぎかもしれないけど」

 

「いや、警戒しておくに越した事は無いだろう。私が迂闊だった」

 

 

 レイモンドが大袈裟に反応し過ぎたことを反省したような表情を見せたが、レグルスは今のは完全に自分のミスであり、気にし過ぎだという事は思っていなかった。そして彼らの警戒は、杞憂では無かった。




軍人のクセに……

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