劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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タイトルだけは平和だな……


関空での追いかけっこ

 空港警備の応援に来ていた魔法師警官の一人が、レグルスのテレパシーを察知し、直ちに警備センターに無線で照会を掛けた。

 

「神戸水上警察署の空澤巡査です。テレパシーの発信をキャッチしました。直前にロサンゼルスから到着した便の乗客だと思われますが、入国者のデータをチェック願います」

 

『確認する。……乗客名簿に魔法師は確認出来ない。パスポート偽造の可能性がある。空澤巡査、詳しい人相は分かるか?』

 

「二十代の男性と十代後半の少年の二人組です。いずれも白人、男性の方は灰色の髪でサングラスを掛けています。少年は金髪でした。テレパシーを発したのは、灰色の髪の方だと思われます。個型電車乗り場へ向かっているようです」

 

『応援を出す。見失わぬよう追跡せよ。また、その二人の写真を撮影して送れ』

 

「了解」

 

 

 応援が来るまで気づかれぬよう、空澤巡査は二人の尾行を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 制服警官の追跡に気付いたのは、レグルスが先だった。

 

「レイモンド。警察に尾行されているぞ」

 

「えっ?」

 

 

 制服警官が付いて来ていれば気付きそうなものだが、この場合はレイモンドが素人だからというより、警官のスキルが優れているのだろう。

 

「すまない。先程のテレパシーを感知されたのだと思う」

 

 

 とはいっても、レグルスはエリートの魔法師軍人だ。しかも作戦時には観察力を要求されるスナイパーの仕事を任されることが多い。分かり易い外見的特徴を備えた制服警官が、気付かれずに尾行するにはハードルが高かった。

 

「どうしよう、ジャック」

 

「我々には土地勘がない。かくれんぼでは分が悪い」

 

「じゃあ」

 

「荷物は捨てろ。どうせ大した物は持ってきていない。パスポートは身に着けているな?」

 

「大丈夫」

 

「よし、走るぞ!」

 

 

 レグルスの問いかけに、動揺から抜け出した声でレイモンドが答えたのを合図に、二人はスーツケースを置いて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイモンドたちを尾行していた制服警官が、通信機で二人の逃走を報せる。

 

「こちら空澤巡査。不法入国魔法師の疑いがある二人組はスーツケースを捨てて逃走を開始。有人タクシー乗り場に進路を変えました」

 

『追跡せよ。スーツケースの写真を送れ。こちらで回収する』

 

「了解」

 

 

 警官は走りながら情報端末を操作し、証拠確保の為に撮影しておいたスーツケースの写真を送信する。

 

『データを受信した』

 

「移動に魔法の使用許可を願います」

 

『許可する』

 

 

 その言葉を聞くと同時に、警官の身体は人々の頭上へ舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中を蹴って迫ってくる制服警官。いち早く気づいたレイモンドが、レグルスに警告を発する。

 

「追ってきている!」

 

「正気か!?」

 

 

 これほど人が多い屋内で日本の警官があんな派手な真似をするとは、レグルスにとって完全に予想外の出来事だった。USNAでもこんなに派手な追走劇は滅多に見られない。多くの州では、一般人を心理的に脅かさないという理由で、警察による魔法の使用は出来る限り目立たない事が原則になっている。市民が魔法を目にする機会は、警察よりも消防の方がはるかに多い。実は日本の事情も、大抵の地域ではアメリカと同じで、阪神地区が例外なのである。もっとも、事前に知識があったとしてもこの状況を回避できたとは思えないが。

 レイモンドが警官に向けて、払いのけるように手を振った。すぐ後ろまで迫っていた警官の身体が吹き飛ばされる。レイモンドがパラサイト化して得たサイコキネシスだ。

 

「レイモンド!」

 

「仕方ないだろ!」

 

 

 レグルスは叱責を中止した。確かに仕方がない――やってしまった事は。しかしこれで、自分たちが魔法を使える事を隠して侵入した偽装入国者であることがバレてしまった。

 魔法発動の気配がした。たった今飛ばされた警官が、もう復活したようだ。他にも自分たちを包囲するように人の気配が集まってきている。警察の応援だろう。

 レグルスは焦った。まさか日本侵入の第一歩から躓くとは思っていなかった。首都圏の空港、基地はマークが厳しいだろうという予測で、関西国際空港を選んだのだ。その配慮が全くの無駄になりつつある。自分の不注意が原因とはいえ、あんな些細な失敗でここまで追いつめられるとは、レグルスでは無くても予想しなかっただろう。

 現地協力者の動員もなく密入国など、無謀だったかという後悔がレグルスの脳裏を過る。しかし、ここで大人しく捕まるなど論外だ。

 

「やむを得ん。レイモンド、強行突破するぞ」

 

 

 レグルスは自己加速魔法を発動して、人混みの隙間を一気に駆け抜けた。レイモンドもすぐ、それに続く。彼の方は通行人に接触したようだが、相手が大怪我をしようと今は構っていられない。二人は観光ガイドを兼ねた有人タクシー乗り場にたどりついた。

 

「車を奪う」

 

「分かった!」

 

 

 レグルスの指示に、レイモンドが元気よく応える。いったん戦闘を覚悟すれば、レグルスは世界最強の魔法師部隊とも呼ばれているスターズの一等星級隊員だ。警察官相手に怯みはしない。レイモンドは軍人でも警官でもない素人だが、素人だからこその「怖いもの知らず」が、今の状況ではプラスに働いた。

 彼らはスピードが出そうな有人タクシーを物色した。運転手が無謀な抵抗をしそうなタイプでは無ければなお良い。だが二人の意識はタクシーではなく他の車に吸い寄せられたのだった。




全然楽しげではないな……

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