レグルスとレイモンドの視線を吸い寄せたのは、黒塗りの大型高級車だった。
『乗って』
レイモンドとレグルスが顔を見合わせる。今、彼らに話しかけてきたのはテレパシー。しかも、明らかに同胞、つまりパラサイトが発したものだった。レイモンドがレグルスに向かって頷く。レグルスは黒塗りの乗用車に駆け寄って後部扉を開けた。レイモンドは助手席のドアを開ける。二人が乗り込んだところで、大型セダンはすぐさま発進した。強い魔法の気配が自走車全体を覆う。
『これは……「パレード」?』
「そうですけど、テレパシーは控えてください」
レグルスがテレパシーで呟くと、肉声で話しかけられた。レグルスは隣に座っている少年の顔を初めてしっかりと見て、絶句した。息をする事すら忘れてしまう。こんなに美しい少年が実在するとは、今まで夢にも思った事が無かった。単なる美しさだけなら、アンジー・シリウスの素顔――リーナもそれほど、劣っていない。だがリーナは絢爛豪華な美貌の中に性格から来る親しみやすさがにじみ出ていて、近寄りがたいという印象は無い。
しかしこの少年の美貌は、単なる造形だけでなく、人間離れしている。妖艶な、人外の美しさ。堕天使は、このような美を備えているのではないだろうか……レグルスはそんな脈略の無い事を考えていた。
「テレパシーは『仮装行列』でカモフラージュしきれない可能性がありますから」
少年はレグルスの不躾な視線を気にした様子もなく、こう続けた。きっとみられる事に慣れているのだろう。
「あ、ああ、すまない。それから、助かった。礼を言う。私はジェイコブ・ロジャース。ジャックと呼ばれている」
座ったまま軽く頭を下げて、自己紹介をしていなかった事に気付き、慌て気味に名乗った。なお『ロジャース』というのはレグルスの本名だ。
「どういたしまして。僕の名は九島光宣です」
「僕はレイモンド・クラーク」
レイモンドが振り返って、助手席から会話に加わる。
「『九島』って、元十師族の『九島』?」
「そうです。クラークさんはディオーネー計画の『クラーク』の関係者ですか?」
「うん、そう。ああ、僕の事はレイモンドで良いよ。確か、一つしか違わないし」
「分かりました。ところで、送ってほしい場所はありますか?」
光宣の質問に、レグルスは少し渋い表情を見せた。
「……予約したホテルには、警察の手が回っているだろう」
「そうですね。お二人のパスポートデータは、手配に回されているでしょう。よろしければ僕が泊まる場所と新しいパスポートを用意しましょうか? もちろんアメリカ国籍で、入国記録付きの物です」
光宣の提案に、レグルスは「ありがたい」と思うより先に警戒を覚えた。
「こちらとしては助かるが、何故そこまでしてくれる?」
「僕もお二人の同類ですから。それに、僕の方にも手伝ってほしい事がありますので」
「えっ、なに?」
レイモンドはレグルスのように警戒を覚えていないようだった。パラサイトとしては、レイモンドの方が自然だろう。パラサイトは個にして全。個体として独立した意思を持ちながら、同時に全体で一つの意思を共有している。本質的に、仲間を裏切る事はあり得ない、のではなく、出来ないのだ。
「仲間にしたい女の子がいるんです」
「恋人?」
レイモンドが目を輝かせて食いつく。だが、光宣は悲しそうに左右に頭を振った。
「いえ、まだ片思いですけど。あっ、無理矢理仲間にするつもりは無いんですよ。彼女が頷いてくれなければ、諦めるつもりです」
「へぇ……随分我慢強いんだね。立派だ。尊敬するよ。僕だったら無理矢理にでもこちら側に引き込もうとするだろうから」
光宣の言動に、レグルスは違和感を覚えていた。同胞にするのを諦める、という考え方は、そもそもパラサイトの本能に反している。自分たちより人間的なメンタリティだ。それにレグルスには、光宣の心が見えない。一つにを共有しているはずの光宣の意識にアクセスできない。
「それで、仲間にしたい女の子を攫う手伝いを、僕たちにして欲しいって事?」
「攫う事自体は僕一人でも可能でしょう。ですがその女の子は少々特殊な出自でして、警備が厳重なのです。二度挑戦しましたけど、僕一人では難しいと実感させられ、どうしようか途方に暮れていた時、占術で関西国際空港に行くのが吉だと出て、やってきたところにお二人が目に入ったのです」
「占術って確か、そこまで具体的な予知が出来る術じゃなかったと思うけど……」
「半分くらいは僕の直感ですけど、占った結果を踏まえての勘ですので、全くの無駄というわけではありませんよ」
「そうなんだ。まぁ、お陰で僕たちも助かったから良いけど」
「そうですね」
レイモンドと話している光宣をジッと見つめるレグルス。光宣がパラサイトであることに疑いはない。そこは理屈抜きに分かる。しかし、光宣には自分たちとは違う、何かがある。レグルスには、そう思えてならなかった。
「ジャック?」
「……どうかしたか?」
「いや、さっきから黙って光宣を見てるから……何かあるの?」
「……いや、何でもない」
自分の考え過ぎだと無理矢理思考に蓋をして、レグルスはレイモンドにそう告げたのだった。
レイモンドが疑わな過ぎなだけか?