劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也だけが背負う必要は無いんだがな……


達也の心配事

 テレパシーを使う密入国者が警察の包囲を突破して逃走した事は、地元の警察から二木家へ伝えられ、二木家を通じて十師族の間で情報共有された。そろそろ日付が変わろうかという真夜中に、達也はその報せを葉山から電話で受け取った。

 

「関空でしたか」

 

『はい。捜索は黒羽家が引き受けてくださいました。達也様には今まで通り、東京都巳焼島で待機していただけますよう、奥様からご指示を賜っております』

 

「密入国者がスターズなら、狙いはリーナでしょうからね。了解しました。こちらで警戒します」

 

『警察が撮った密入国者の写真をお送り致します。一人はレイモンド・クラークでした』

 

「レイモンド・クラークが?」

 

 

 葉山の言葉に、達也が軽く目を見張った。

 

『まだ確証はございませんが、同時に観測された想子波動のデータから見て、レイモンド・クラークはパラサイト化していると推測されます』

 

「想子レーダーでパラサイトを判別できるようになったんですか? 研究の成果ですね」

 

『達也様が実験用のパラサイトを確保してくださった御蔭でございます』

 

 

 去年の二月に一高の演習林で封印したパラサイトを四葉家が持ち去った事は、先日の臨時師族会議で真夜の口から明かされている。達也の発言はそれを踏まえた軽い皮肉だったのだが、葉山には通用しなかった。達也にも別に、葉山を言い負かして溜飲を下げるような意図はない。パラサイトを機械的な手段で探知できるようになったという事実の方が重要だった。

 

「その成果で、光宣を探知できませんか?」

 

『紅林が九島光宣用に調整したレーダーを開発中です。今しばらくお待ちください』

 

 

 紅林は四葉家序列三位の執事で、旧第四研の調整施設を管理する四葉家の技術部門総責任者だ。自身も優れた魔工技師で、達也に魔法工学の手ほどきをした最初の師でもある。

 

「分かりました。期待しています」

 

『達也様のお言葉は紅林にもお伝えします。ところで、リーナ殿は如何お過ごしでしょうか?』

 

「まだ退屈はしていないようです」

 

『それはようございました。何かお入り用の物があれば、すぐに用意させますので』

 

「リーナにはそう伝えておきます」

 

『恐れ入ります』

 

 

 その後、簡単な挨拶を交わしてヴィジホンの画面は暗くなった。達也が電話を取っていたのは自室で、他の人間は既にベッドに入っている時間だ。通話を終えた達也が考えを向けたのは亜夜子だった。

 パラサイト化した密入国者の片割れは、恐らくスターズの魔法師だろう。その追跡を黒羽家が担当する。それ自体は四葉家内部の役割分担を考慮すれば自然な事だ。そこに文弥と亜夜子が加わる可能性は、小さくない。二人には学業がある。達也のように、四高から出席を免除されているわけでもない。だが黒羽家なら、高校より任務を優先しそうな気がするのだ。

 文弥の事は、余り心配していない。彼の『ダイレクト・ペイン』は精神干渉系魔法。パラサイトにも、十分通用するはず――むしろ相性はいいと言える。

 だが亜夜子には、パラサイトに対して有効な攻撃手段がない。パラサイトの肉体には、普通にダメージを与えられるだろう。だがその本体には、手が届かない。それでも、スターズが相手なら何とかなるかもしれない。少なくとも形勢が不利になれば逃げることは出来るはずだ。しかし、もし光宣に遭遇したら――

 

「(……考え過ぎか)」

 

 

 黒羽家に命じられたのはスターズと推定される密入国者の捜索。光宣を見つけ出す事ではない。達也はそう自分を納得させようとして、葉山から伝え聞いた情報を自分の中で消化していく。

 

「(テレパシーを感知してから、警察が二人の密入国者を追跡し、レイモンド・クラークと思われる人間に念動力で撃ち落された……レイモンド・クラークは魔法師ではないから、パラサイト化してるとみて間違いないだろう。問題は土地勘もない二人が、警察の追手を振り切ったという事だ……すでに内通者がいたのか、それとも二人の事情を知った誰かが手を貸したのか……)」

 

 

 パラサイト化した人間と分かって手を貸すヤツがいるかと、達也は少し考え、やがて一人の人物が思い浮かんだ。

 

「(もし光宣が密入国者二人に手を貸したとすれば、同胞として手を借りる可能性も十分にある……そうなってくるとかなり厄介な展開だな……ただでさえこちらには光宣を見つけ出す手段が無いというのに)」

 

 

 先ほどの電話では、紅林が対光宣用のレーダーを開発中だと葉山が言っていたが、それもいつ完成するのか目途が立っているわけではない。光宣一人ならいくらでも撃退出来るだろうが、USNAで増殖したパラサイトも同時に相手しなければならくなると、達也としてもかなり面倒な展開になる。

 

「(あまり悠長に事を構えてる時間は無さそうだな……近いうちに、幹比古に手伝ってもらう事にするか)」

 

 

 パラサイトを封印する手立てはまだ完成したとは言えないが、改良するには実際に使ってみて問題点を洗い出した方が早いという事は前々から考えていた事だった。達也は近日中に幹比古に相談しようと決め、亜夜子にもリーナにした「おまじない」をしておこうと決めたのだった。




他が頼りないから仕方ないか……

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