劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1589 / 2283
途中に死亡フラグがあったな……


レイモンドの癇癪

 いくら光宣が覚悟を決めたといっても、最後まで本気で戦えば結果はたぶん相討ちだ。それでは本当に意味がない。自分が倒れては、水波を救えなくなってしまう。光宣はそんなジレンマに陥っていた。それに彼は、はっきりと意識していなかったが、懸念事項はもう一つあった。

 前回は互角だった。だがこうしてる間にも、達也はパラサイトに対抗する為の魔法を編み出しているかもしれない。光宣は周公瑾の知識を取り込むことで多くの魔法を新たに修得したが、周公瑾は所詮亡霊だ。新しく何かを生み出す事は無い。だが達也には四葉家――旧第九研と、日本トップクラスの古式魔法師、九重八雲が付いている。光宣が心の奥底で真に恐れているのは達也の力ではなく、彼と彼の周りにいる者の知恵だった。

 

「では、私が司波達也の相手をすれば良いのか?」

 

 

 レグルスの質問に、光宣は今度も頷いた。

 

「倒す必要はありません。僕が彼女を連れ出す日に、達也さんを何処か離れた場所に引き付けておいてもらえれば」

 

「陽動か」

 

「そうです」

 

「それは消極的じゃないかな!」

 

 

 そう言ったのはレイモンドだった。

 

 

「達也は光宣の邪魔をしているんだろう? だったら斃してしまうべきだ。そうじゃなきゃ、その彼女を連れ出す事に成功しても、達也は追いかけてくるよ!」

 

 

 レイモンドのヒステリックな口調に、光宣は眉を顰めた。光宣は他のパラサイトたちと意思を共有していないので、何故レイモンドがここまで達也に固執するのかが分からないのだ。だがレイモンドに説明する口調は、落ち着きを保っていた。

 

「それは構わないんですよ。彼女が頷いてくれれば、パラサイトの移植はその日の内に終わります。彼女が嫌といえば、すぐに四葉家に返すつもりです」

 

「だらしない! 光宣はその彼女の事が、本当に好きなの? 攫っちゃうくらい好きだったら、返すなんて中途半端な事を考えるのはおかしい!」

 

「おい、レイモンド……」

 

 

 レグルスがレイモンドを窘めるが、レイモンドの耳にその声は届いていなかった。

 

「邪魔な達也には、この世からいなくなってもらうべきだ!」

 

「レイモンド、落ちつけ!」

 

 

 レグルスがレイモンドの肩を掴み、強引に黙らせた。レイモンドはレグルスの事を睨みつけたが、レグルスが無言で頭を振ったのを見て多少落ち着きを取り戻した。

 

「すまない、光宣」

 

「いえ、気にしていません」

 

 

 その言葉の通り、光宣はレイモンドの興奮振りを、少なくとも表面的には気にしている様子が無かった。

 

「私も司波達也は斃すべき相手だと思っているが、とりあえずは光宣の目的を優先しよう」

 

「そうしていただけると助かります」

 

「ただ……斃せるようなら、斃しても構わないだろう?」

 

「ええ、それは構いません」

 

 

 レグルスが付け加えたセリフに対する光宣の回答には、殆ど分からない程の僅かなタイムラグがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後から学校に顔を出す予定の達也は、午前中の間に出来る限りのことをしてしまおうと巳焼島にやってきていた。

 

「ハイ達也。今日はどうしたの?」

 

「いろいろと問題が山積みだから、出来る事から片付けてしまおうと思ってな」

 

「山積みって……すみませんね。忙しいのに私の事までお願いしちゃって」

 

 

 達也の言葉を自分に対する当てつけだと勘違いしたリーナが、頬を膨らましてそっぽを向く。そもそもリーナにはこの研究所に用はないので、皮肉だと感じたなら出て行けばいいだけなのに、何故か彼女はその場を動こうとはしなかった。

 

「別にリーナの件は問題じゃない。君が日本に戻ってくるのは当然のことだ。それを脱走だと言い張っているのはスターズの問題であって、退役した君が責任を感じる必要は無いだろ」

 

「……そうかもしれないけど」

 

 

 まさかフォローしてもらえるとは思っていなかったので、リーナの頬は膨れていた箇所が赤く染まった。

 

「それじゃあ、山積みの問題って何よ?」

 

「一つは光宣の事だな。一昨日、光宣が病院に現れてな」

 

「水波を狙ってるとかいう話ね……でも水波は達也の愛人になることを希望してるんだし、その光宣が割って入る余地はないんじゃないの?」

 

「光宣は既にパラサイトと化しているからな。自分の考えが正しいという考えの元で動いているから、こちらの常識が通用するとは思えない」

 

「なかなか面倒ね……それで、他にも問題があるんでしょ?」

 

「まぁな。その光宣と密入国したスターズの先遣隊と思われるパラサイトが合流した可能性がある。関空で確認された密入国者の写真だが、リーナはこっちの男に見覚えは無いか?」

 

 

 達也は密入国者の写真をリーナに見せる。レイモンドの身元ははっきりしているので、もう一人の密入国者の写真だけを。

 

「ジャックっ!?」

 

「知っているのか」

 

「ジェイコブ・ロジャース……スターズの一員よ」

 

「やはりか……」

 

「まって。さっき『先遣隊と思われる』って言ってたけど、達也はこれからもスターズの魔法師がやってくると思ってるの?」

 

「外務省を通じてリーナを引き渡せとスターズが行って来ているからな。この魔法師も捕縛が目的ではなく処刑が目的らしい」

 

「処刑……スターズは本当に私を裏切り者に仕立て上げるつもりなのね……」

 

 

 リーナがショックを受けているのを感じたが、達也はとりあえず自分に出来る事を片付けて、急ぎ東京に戻ったのだった。




自分一人じゃ勝てないくせに……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。