劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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モブ崎の話はしたくなかったのでオリジナルの話にしました。


北陸娘たちの特訓

 石川県にある第三高校で、四人の乙女たちが静かに、だけど熱い思いを抱いて訓練をしていた。

 

「愛梨、もう少しペース配分を考えないともたない」

 

「分かってます! ですが難しいんですわよ」

 

「でも、愛梨はもう使えてるもんね」

 

「私たちには無理だったもんね~」

 

 

 九校戦でライバルと認めた深雪が本戦で使って見せた魔法、飛行魔法の特訓をしているのだが、これがなかなか上手くいかないのだ。

 

「……もう無理ですわね」

 

「安全装置が作動する前に下りてきなよ」

 

「そうしますわ」

 

 

 常駐型の魔法である飛行術式は、サイオン保有量が少ない人間が使うとあっという間にサイオンが枯渇してしまうのだ。深雪や達也のように常人とは比べ物にならないサイオンを保有してる人間が使うにはもってこいな魔法だが、師補十八家の人間とはいえサイオン保有量はそれほど多く無い愛梨では苦戦も仕方なかったのだ。

 

「インターバルを挟むからといって、一試合通して使うのは難しそうですね」

 

「ですが、司波深雪はやってみせたのですから、私だってやってみせますわ!」

 

「でもさ、あの術式って達也さんがアレンジしてたのかもしれないよ? 私たちはトーラス・シルバーが公表した術式をそのまま使ったけど、達也さんなら高度なアレンジを加えててもおかしく無いじゃない?」

 

「その可能性はあるかもね。他校のエンジニアに情報開示をしてからアレンジした可能性だって十分にあるよ」

 

「ですが、達也様はギリギリまでCADを運営に預けていました。アレンジを加える時間などあったのでしょうか?」

 

 

 達也の腕を直接見たことの無い四人は、どれくらい達也の作業スピードが速いのかを知らない。だから平均的な調整スピードから考えても正確な速度が分からないのだ。

 

「この術式のままだと考えると、司波深雪は相当な特訓を積んだんだと思います」

 

「だね~。愛梨でも苦戦してるんだし、司波深雪だって相当苦戦したと思うよ」

 

「だから愛梨、明日も訓練するんでしょ?」

 

「もちろんですわ! ……と言いたいところなのですが、明日は家の用事で此方には来られないのです」

 

「そうなんだ……やっぱり『一色』は忙しいの?」

 

「そんな事は無いのですが、お父様が勝手にお見合いを組んでしまいまして……」

 

 

 師補十八家とは言え数字付き、よりよい魔法師と結婚して跡継ぎを生むのも大事な使命なのだ。だが愛梨はお見合いに乗り気では無い。元々そんな感じだったのが、九校戦を挟んで愛梨の気持ちは大きく変わっていた。

 

「ねぇ、達也さんに電話してみたら? 何か教えてくれるかもよ?」

 

「忙しいらしく、達也さんに電話しても繋がらないんですよ」

 

「そうなの? 達也さんって何してるんだろうね、普段」

 

「想像出来ませんわ……」

 

 

 そういいながら、愛梨の頭の中では一つのヴィジョンが浮かんでいた。広い屋敷に達也が生活しており、その隣にはライバルの深雪の姿が……

 

「愛梨、怖い顔して如何したの?」

 

「何でもありませんわ。香蓮さん、後片付けをお願いしても?」

 

「構いません」

 

「それでは香蓮さん、沓子も栞もまた今度」

 

 

 自分が思い描いたヴィジョンに腹を立て、愛梨は先に帰っていった。

 

「何なんだろう……そんなにお見合いが嫌なのかな?」

 

「そうだと思うよ。それ以外に愛梨が腹を立てる理由が分からないもん」

 

「案外達也さんの事を考えてたら司波深雪が出てきたんじゃないですかね。二人暮らしですし」

 

「羨ましいよね~。達也さんと二人っきりなんてさ」

 

「でも沓子、緊張して普通に生活出来ないよ?」

 

 

 深雪はあくまでも妹だから何の問題も無く生活出来ていると、栞は思っている。もちろん沓子も香蓮もそれは同じだ。

 だが実際は深雪もある程度の緊張感を持って毎日を過ごしているのだ。可能性は限りなくゼロだが、深雪は達也が自分の気持ちに気付いてくれるのではないかと思っている。だけどそんな事、この三人に分かるはずは無いのだ。何故なら彼女たちは深雪では無いのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一足先に屋敷に戻った愛梨は、疲れを癒す為にお風呂に浸かっていた。

 

「まったく、お父様ったら勝手にお見合いなんて決めて……私は政略結婚の道具じゃないんですから」

 

 

 一色の一人娘である愛梨は、当然婿取りをしなければならないのだ。だから真由美のように次期当主である克人などは候補にはならない。

 だが見ず知らずの相手でなくても、愛梨は結婚などするつもりは無かったのだ。これは九校戦前から思っている事だ。

 

「私に兄か弟が居れば別だったんでしょうが、一色である事には変わり無いですからね」

 

 

 自分が数字付き、しかも師補十八家の人間である事は紛れも無い事実、その事からは逃れられないと愛梨も重々理解している。

 だけど彼女も一人の少女。十五,六歳の女の子がお見合いなどしてもあまり意味は無いと家の人間は気付いていない。

 

「どうして私は一色なのかしら……どうして達也様は数字付きじゃないのかしら……」

 

 

 達也が数字付きならば、自分の婿にと名前が挙がってもおかしくは無い。あれだけの活躍をテレビ中継されたのだから、是非にと思っても無理は無いだろうと愛梨は思っている。

 だが達也の苗字は司波、数字は入っていないのだ。

 

「お嬢様、そろそろお上がりにならないとのぼせますよ」

 

「大丈夫よ。まだそんなに浸かってないし」

 

 

 考え事をしながらだが、愛梨は既に一時間近く湯船に浸かっている。だがまだ結論の出ない考え事に集中したいが為に、愛梨は侍女の忠告を無視して風呂に浸かり続けた。

 

「もし達也様がこの場に居てくれたら……って! なんてはしたない事を考えているのかしら私は」

 

 

 年頃の乙女が異性の事を考えるのはおかしい事では無い。だが湯船に浸かりながらだと少し問題があるのかもしれない。

 愛梨は慌てて頭の中から達也を追い出そうとして首を激しく左右に振る。それが原因なのかは分からないが、愛梨は急に気分が悪くなったと感じたのだ。

 

「あれ……何だか目眩が……」

 

 

 長時間湯に浸かっていたところに、激しく首を左右に振れば、高確率でのぼせるだろう。そんな事を失念するほど、愛梨は平常心を保ってなかったのだ。

 

「気持ち悪い……」

 

「お嬢様、どうかなさいましたか?」

 

「うん……吐きそう……」

 

「えぇ!? 大丈夫ですか、お嬢様!」

 

 

 結局侍女に連れられ部屋に戻り、そのまま寝る事にした。次の日のお見合いなど、愛梨の頭の中には無かったのだった……




意識してるのは深雪なのか達也なのか……

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