劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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聞かれたらマズい話ですからね……


幹比古への頼み事

 巳焼島での用事を済ませて、達也は午後から一高に登校した。登校といっても授業は免除されているので、授業時間を図書館で過ごし、放課後になってから彼が向かったのは、生徒会室ではなく風紀委員会本部だった。

 

「幹比古、いるか?」

 

「達也!? 今日は来てたのかい?」

 

「午後からな」

 

 

 間の良い事に、幹比古は見回りではなくデスクワーク中だった。幹比古に答える達也の隣を、小柄な影が軽く会釈をして通り過ぎようとした。

 

「香澄、身体の方は大丈夫なのか?」

 

 

 その後輩に、達也は声をかけた。香澄は達也の邪魔をするつもりが無かったので無言で通り過ぎようとしたのだが、達也に声をかけられて足を止めて振り返った。

 

「達也先輩のお陰で大丈夫です。泉美共々ご心配をおかけしました」

 

「そうか。それは良かった」

 

 

 香澄がもう一度無言で頭を下げ、幹比古との会話を邪魔しないようにそそくさと本部を後にした。今の一幕を幹比古が気にするのは、当たり前の心情だった。

 

「……何かあったの?」

 

「香澄がどうこうというわけではないが、その件に関して幹比古に頼みたい事がある」

 

「僕に頼み……?」

 

「ああ。先日、光宣の話をしただろう?」

 

 

 その一言を聞いて、幹比古の顔色が変わる。達也の頼みがパラサイト絡みだと覚って、緊張しているのだ。

 

「……うん、覚えている」

 

「一昨日、水波が入院している病院の近くに光宣が現れた」

 

「えっ!? じゃあ……」

 

 

 そこで幹比古は、ハッと目を見開き口を噤む。彼は急ぎ足で風紀委員会本部を戸締りして回り、最後に呪符を取り出して室内を結界で「閉鎖」した。

 

「……お待たせ、達也。座って話そう」

 

「ああ」

 

 

 達也と幹比古が、長机を挟んで向かい合わせに腰掛ける。

 

「えっと……一昨日、七草さんは光宣君と戦ったんだね?」

 

「そうだ。外傷はなかったんだが、幻術系の魔法で眠らされてな。その前にも酸欠を引き起こす魔法でダメージを受けていたから、その場で『戻して』おいたんだが、とりあえず問題なさそうで一安心だ」

 

「そうなんだ……」

 

 

 一安心と言いながら達也は淡々とした態度で、話を聞いていた幹比古の方がホッと胸を撫で下ろしていた。ちなみに達也が気にしていたのは、達也の魔法を詳しく知らない泉美が不審がらないかという一点だけだったので、その辺りは香澄たちが美味い具合に説明したのだろうと勝手に納得していた。

 

「それで、頼みというのは? もし光宣君を捕まえるのを手伝えという事なら、喜んで手を貸すよ」

 

 

 幹比古がテーブルに身を乗り出す。月曜日に自分で言った通り、幹比古はパラサイトへの対応は本来、自分たち古式魔法師の仕事だと考えていた。

 

「もちろんそっちもその内、手を貸してもらう事になるかもしれない。だが当面は、俺の修行を手伝って欲しいんだ」

 

「修行って?」

 

 

 肩透かしを喰らった形だったが、幹比古は特にがっかりした様子もなく、乗り出していた身体を戻して達也に問いかける。幹比古に促されて、達也は修行の内容を説明した。

 

「放課後しか時間がないから、風紀委員会の仕事は暫く休んでもらう事になるんだが、頼めるだろうか?」

 

「何を言ってるんだい」

 

 

 幹比古が失笑を漏らす。達也にとっては身内と言える女の子の大事。世の中にとっては妖魔の跳梁を抑える重大事。それなのに、たかが高校の課外活動への影響を気にする達也の義理堅さが、幹比古は妙に可笑しかったのだ。

 

「どう考えても、風紀委員会の仕事より君の修行の方が大事じゃないか。それに、そろそろ風紀委員長の引継ぎを考えなきゃと思っていたところだ。そういう意味では、丁度良い機会だよ」

 

 

 そう応じて、幹比古は達也の頼みを快諾した。

 

「それにしても達也、君が風紀委員会の仕事の事を気にするなんて、何か別の心配事でもあるのかい?」

 

「別にそういうわけではないが、今回の騒動はまだ公になっていないから、幹比古が風紀委員会の仕事を投げ出すのは難しいんじゃないかと思っただけだ」

 

「七草さんは知ってるんだろう? それに北山さんだって事情を知っているんだし、僕が抜けたって何の問題もないって。だけど達也の修行は、僕の力が必要なんだろ?」

 

「ああ。精霊を相手に練習するには、幹比古の力が不可欠だ」

 

「だったら、何も迷う必要は無いよ。僕は達也のお陰で魔法を上手く扱えるようになったんだ。その達也の力になれるなら、例え問題があったとしても手伝うよ」

 

「そうか……ありがとう」

 

 

 達也としてはそこまで大したことをしたつもりは無いので、幹比古がここまで自分に恩義を感じる必要性は無いと思っている。だが幹比古にとっては、魔法が上手く使えなかった時期を考えれば、達也の助言はかなり大きな意味を持つのだ。達也に対して恩義を感じる理由としては、十分すぎるものだ。

 その認識の違いが、今の二人の温度差に現れているのだが、達也も幹比古も互いにその事には触れずに、とりあえず内緒の話し合いを終えた。

 

「あっ、やっと入れた」

 

「北山さん!? ゴメン、締め出したみたいになっちゃったね」

 

「別にいいけど……達也さんと相談事?」

 

「まぁ、そんなところかな」

 

 

 生徒会室に顔を出していて、直通の階段を降りてきた雫が風紀委員会本部の現状を見ただけで事態を察してくれたので、幹比古は必要以上に慌てずに済んだのだった。




それで済む雫もすごいな……

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