劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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直接の接触はありません


光宣とパラサイトたち

 光宣は夜中に、ふと目が覚めた。生理的な欲求が原因ではなく、心の奥底で聞こえたざわめく声に起こされたのだ。

 

「(――起きたかい、光宣/僕たち)」

 

 

 その呼びかけに、光宣は苦笑した。

 

「(レイモンドか。こんな時間に何の用?)」

 

「(驚かないんだね。こうして集合的な意思の中で話をするのは初めてだと思うけど)」

 

「(話をするのは初めてだけど、声を聞くのは初めてじゃないよ)」

 

「(そんなはずはない)」

 

 

 レイモンドのテレパシーから戸惑いを感じて、光宣は失笑を漏らした。

 

「(テレパシーは国境を越えて届かないと思っていたんだろう? その考えは間違っている。国境を越えてもテレパシーは届く。一つになろうとする意思が僕にも干渉してきたのがその証拠だ。ただ国境を越えると、テレパシーを意味のある言葉として意識が理解出来ないだけなんだ。人間のテレパシーでは、こんな現象は起こらないんだけどね。僕たちパラサイトの能力には、色々と不可解な制限がある)」

 

「(そんな事は知らない……)」

 

「(たぶん、パラサイトの本体から人間本来の意識に伝達される過程で、翻訳が上手くいっていないんだろう)」

 

 

 沈黙を伝えてきたのは、レイモンドだけでは無かった。混じり合った意識の中で、レグルスも絶句していた。

 

「(今はどうでもいい事だね。こうして深い意識で接触してきたんだ。何か、意思を統一しておきたい事があるんだろう?)」

 

「(そんな事までどうして……現在、この国で活動していた同胞は光宣/僕たちだけじゃなかったのか!?)」

 

「(もう一人いるよ。今は完全に封印されているけど、時々実験台にされて悲鳴を上げている。助けに行きたいけど、強力な結界あって手出しが出来ない)」

 

 

 再び伝わってくる絶句の気配。どうやら自分は、かなり侮られていたらしいと光宣は思った。

 

「(いや、光宣/私たちをバカにしていたわけではない。そこは誤解しないで欲しい)」

 

「(分かった。それで?)」

 

「(僕たちは個別の身体を持ちながら、全員で一つの生き物だ。僕たちの意思は、一つでなければならない。僕たちは司波達也を抹殺するつもりだ。光宣/僕たちの意思も、一つにしてもらおうぞ!)」

 

 

 その意思と共に、思念が押し寄せてきた。レイモンドとレグルス、二人だけの思念ではない。彼らは気付いていないようだが、コミュニケーションは取れなくても彼らの精神はUSNAにいる同胞と繋がっている。スターズの本部基地で、今も増殖を続けているパラサイト全員の混然一体となった思念が、光宣を呑み込もうと襲いかかってくる。

 光宣はそれに抗った。抗う事で、一つになったはずの様々な思念が光宣の「耳」に飛び込んでくる。その中で最も多かったのは、達也を排除しようとする意思。レイモンドの背後にいるのがスターズの隊員で、彼らは戦略級魔法師・司波達也の脅威を知らされたばかりだ。そうなってしまうのも当然かもしれない。

 光宣は自分を呑み込もうとする思念の大波に、魔法技術で対抗するのではなく、自分が懐く最も強い「願い」で真っ向から立ち向かった。

 彼は水波が欲しいのではない。光宣の中に、水波を自分のものにしたいという欲は無い。彼はただ、自分と同じ境遇にある女の子を救いたいと願って、人間であることを捨てた。自分以外の誰かの為だからこそ、自分を侵食する誘惑に打ち克つことが出来た。人格は後天的に形成されるものだ。精神の核にある欲求・衝動に対して、それをどう律してどう活かしていくか、何を禁じて何を許すか、社会とのかかわりの中で交わる人々に従い、逆らう事で形作られていく。

 そうした、自分を閉じ込める枠を捨てて、自分の欲求のままに人とは別の生き物として生きていく――もし欲が中核にあったなら、その誘惑に耐えられなかったに違いない。「自分の為」ではなく「自分以外の誰かの為」だったからこそ、光宣は「自分」を保つことが出来た。

 それは永い戦いだった。それは一瞬の戦いだった。

 精神の世界で、時間は長さをもたない。連続した線ではなく、時間は点で出来ている。「長い時間」「一瞬の時間」という情報だけがある。その一瞬で永遠の戦いの果てに――最後まで立っていたのは、光宣だった。

 

「(レイモンド、僕に協力してくれるね? まず、彼女を連れてくる。達也さんの事は、それからだ)」

 

「(――僕/僕たちは、光宣の意思に従おう)」

 

 

 光宣は最後まで、自分であり続けた。だが、彼にも何の変化も無かったかと言うと、それも違った。人間でも、同じ内容の事を何十回も、何百回も行かされ続ければ、その影響を受ける。最初は否定していても、徐々に共感が芽生えていく。

 光宣もまた、そういう人間的な弱さと無縁では無かった。人間でなくなっても自分であることにこだわり続けている彼は、自分が元々持っていた長所も短所も同じように引き継いでいる。達也を排除せよ、という何十、何百もの囁きに曝され続けて、光宣の意識も、知らぬうちに誘導され、変質していた。

 

「(達也さんは、その後で処理しよう)」

 

 

 光宣の言葉に、何十、何百という意思から同意が返ってきたのだった。




さすがに呑まれるよな……

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