劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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160話目です


愛梨のお見合い相手

 愛梨不在の中で飛行魔法の練習は行われていた。

 

「難しい……」

 

「達也さんが司波深雪にしか使わせなかった理由が分かる気がする……」

 

「発表から九校戦まで一ヶ月ありませんでした。それだけ会得するのが難しい魔法なんです。そのことは九校戦本戦、ミラージ・バッドで二,三年生がぶっつけ本番で飛行術式を使った結果で現れてます」

 

「でもさー香蓮、司波深雪が愛梨以上の魔法の才能があるっていうの?」

 

 

 沓子の質問に、香蓮は少し考えてから否を示した。

 

「一色の令嬢たる愛梨が、司波深雪より劣ってるとは思えない。だけど現段階で飛行術式を使いこなせてるのはあっちで、こっちは苦戦してる。魔法との相性もあるのかもしれないけど、これに関しては司波深雪が勝ってる。でもすぐに愛梨も使えると思う」

 

「難しいな~。結局愛梨は勝ってるの? 負けてるの?」

 

「香蓮は『現段階では司波深雪が勝ってる』と言ってるんだよ。でも最終的に勝つのは愛梨だとも言ってる」

 

 

 栞のフォローで漸く理解した沓子。だけど彼女たちも愛梨が負けるだなんて思って無かった。一介の魔法師である深雪が、師補十八家の愛梨に勝てるはずないと……自分たちがライバル視している相手が、実は十師族『四葉家』の時期当主候補筆頭だとは、彼女たちには知りようが無い事だったのだ。

 

「それにしても、沓子さんも栞さんも苦戦するなんて思ってませんでした」

 

「しょうがないよ。ウチの先輩だって使いこなせなかったんだから」

 

 

 ミラージ・バッド決勝には、三高の選手も出場していた。途中でバテる事は無かったが、それでも深雪に大差をつけられて負けているのだ。

 

「あの術式をそのままコピーして使ってるのに、どうして司波深雪と差が出るんだろう……練習時間の差なのかな?」

 

 

 九校戦後、三高では飛行術式を使いこなそうと努力してるグループが、愛梨たち以外にも数多く見られる。来年こそ一高に勝つと意気込んでいるのだろう。

 

「愛梨、今日はお見合いなんだよね」

 

「せっかくコツを掴んでた風だったのに、一日間空けるとまた苦戦しちゃうよ」

 

「それは沓子さんでは?」

 

「そ、そんな事ないわよ……」

 

 

 香連の鋭いツッコミに視線を逸らしながら、沓子は愛梨の家がある方向を見つめていた。それに気がついた栞と香蓮も、一色家の屋敷がある方角に視線を定めた。百家の人間だが、お見合いなどまだまだ先の話だと思っていたので、師補十八家の人間である愛梨もまだまだ先だと思っていたのだ。

 それが高校一年でお見合いなどと、十師族の座を狙ってると思われても仕方の無い事だとも、三人は思っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方愛梨は、気の進まないお見合いの準備の為和装していた。見た目が西洋風な愛梨が和装をすると、ちょっと不自然だと愛梨自身は思っているのだが、家の人間がそうしろと言うので仕方なく和装したのだ。

 

「やっぱおかしいですわよね……」

 

 

 違和感たっぷりの姿見に映った自分を見て、愛梨は何度目か分からないため息を吐いた。これを見せるのが達也なら、愛梨はもっと愛想よく出来ただろう。だがこれから会うのは見ず知らずの男、愛梨の気が乗らないのも仕方の無い事なのかも知れない……

 

「お嬢様、そろそろお時間です」

 

「分かってます」

 

 

 侍女頭に迎えに来られ、愛梨は屋敷を発つしたくを整えた。お見合いする本人がその場所に行くまで相手の顔も知らないで良いのかと、愛梨は気が乗らないのにそんな事を思っていた。

 

「旦那様なりに考えているのでしょう」

 

 

 侍女頭はそんな事を言っていたが、本当に考えているのなら、このお見合い自体をなくしてほしいと愛梨は思っている。父親が考えているのは自分の幸せでは無く家の事。『一色』が十師族として認められる事だけなのだから。

 

「(そういえば、七宝家の息子さんもそんな事を考えてるって聞いた事があるわね)」

 

 

 現七宝家当主はそれほど十師族の地位に固執してないが、その息子がかなり固執していると。十師族に相応しいのは『七宝』であって『七草』ではないと触れ回ってるらしいと。

 

「(別に七草に拘らなくても、本当に相応しかったら師族会議で認められるのに)」

 

 

 一から十まで全て無ければいけない訳でも無いのだから、『七』がダブっても問題無いのだ。だから愛梨には『七宝家』の息子が『七草』を目の敵にしている理由が分からなかった。

 

「お嬢様、そろそろ到着いたします」

 

「分かったわ」

 

 

 移動中十師族の事、そこから『七宝家』の息子の事を考えていた為に、どれだけ時間が経ったのかも愛梨には分かってなかった。だが長い間考え事をしていたとだけははっきりと分かっている。

 

「随分と移動したわね」

 

「ですから夏休みの間にお見合いを組んだのでしょう」

 

「まったく、私はまだ高校一年よ。結婚とかまだそんな歳でも無いのに」

 

 

 愛梨の愚痴を、侍女頭は苦笑いを浮かべながら聞いていた。恐らく自分に言われてもと思ったのだろう。

 

「ではお嬢様、私はここで待機してますので。旦那様によろしく仰っておいてくださいませ」

 

「お父様は中に居るの?」

 

「昨日からお相手の方と話し合いがあるとかで」

 

 

 まさか先走って結婚式の日取りとか考えてないだろうなと、愛梨は嫌な気分になっていた。自分はお見合い結婚をするつもりは無いし、家の為に結婚するつもりも無いと思っている。自分の相手は自分で決める、それが愛梨の偽らざぬ本心なのだ。

 

「お待ちしておりました、一色愛梨様ですね」

 

「貴女は?」

 

「この施設のものです。さっそくご案内いたします」

 

 

 建物に入ってすぐに案内され、愛梨は若干当惑していた。自分の顔を知られていたのもだが、父親の準備の良さが不気味に思えてきたのだ。

 

「失礼します。一色愛梨様がご到着されました」

 

「入れ」

 

 

 聞き覚えのある声が、襖越しに聞こえてきた。間違いなく自分の父親だと、愛梨の嫌な予感は更に強まってきた。

 

「遅かったな愛梨」

 

「無理矢理連れて来られたんです。来ただけでも感謝してもらいたいのですが」

 

「そういうな。このお見合いはきっとお前の為になるだろう」

 

 

 父親の笑みを見て、愛梨は心の中でつぶやく。

 

「(私の為? 家の為の間違いでしょ。だからお見合いなんてしたく無いのよ)」

 

 

 そういえば相手の姿が無いと、愛梨は今更ながら気がついた。侍女頭の話では、父親は昨日から相手と話し合っていたはずなのだから、てっきり先に待ってるのかと思っていたのだ。

 

「そんなにそわそわせんでも、もうじき来るだろうよ」

 

「別にそわそわなどしてません」

 

 

 愛梨がそう言うのとほぼ同時に、襖越しに気配を感じた。

 

「失礼します」

 

「おお、待ってたぞ」

 

 

 父親の反応から、この声の持ち主がお見合い相手なのだと愛梨は理解した。声から察するに年上、しかも十以上は離れているとも。

 

「彼が今回のお見合い相手の、六本木家三男の六本木明憲君だ」

 

「よろしく」

 

 

 面倒な相手だと、愛梨は父親の魂胆を理解してそっとため息を漏らすのだった。




魂胆見え見えのお見合い相手……

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