劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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珍しくほぼセリフは深雪のみ


深雪の内心

 久しぶりに騒がしい放課後を過ごした達也だったが、マンションに戻ってきてからはPCの前で作業をしていた。元々深雪しか生活していない場所なので静かなのではあるが、今は水波もいないのでより静かに思える空間になっている。

 

「達也様、コーヒーをお持ちしました」

 

「ありがとう。そこに置いておいてくれ」

 

「はい」

 

 

 達也にコーヒーを持ってきた深雪だったが、彼女は達也の邪魔をしないようにそっとお盆ごと置いて部屋を去る。一緒に生活出来てはいるが、会話をする時間は余りない。その事を寂しく思いながらも、達也の邪魔をしないよう深雪はグッと堪えてリビングにあるソファに腰を下ろした。

 

「(達也様がお忙しいのは、光宣くんや他のパラサイトの所為だけではないけども、パラサイトを倒すだけなら、私でも出来ると思う……ですが、達也様はパラサイトを倒すのではなく、封じて操られている人を救おうとしていらっしゃる……もしそんな事が可能になれば、達也様を縛る鎖が増えてしまうのではないのかしら……)」

 

 

 ただでさえ達也は、非公式ではあるが戦略級魔法師という肩書を持ち、次期四葉家当主、トーラス・シルバーの片割れ、民間とはいえ国家プロジェクト級のプロジェクトリーダーという面も持ち合わせている。そこにパラサイトを封印する術を持っているという事が世間に知られれば、万が一パラサイトが再び現れた時、達也が忙しくなるのは目に見えていた。

 

「(達也様が世間に認められるのは、私も叔母様も嬉しいと思う反面、その所為で達也様と一緒にいられる時間が減ってしまうという面がある……私に達也様のお手伝いが出来れば一番なのだけど、達也様のお手伝いが出来る人間など殆ど存在しないのが現実……)」

 

 

 FLTの牛山や八雲、国防軍の風間といった一握りの例外はいるが、達也は殆どの事を一人で片付ける事が出来るだけの実力を持ち合わせている。情報収集や事後処理といった細々とした手伝いを頼むことはあっても、全面的に協力を求める相手など殆どいないのだ。

 

「(今だってパラサイトを封印する術式の他にも、何か他の魔法を開発しているようですし……)」

 

 

 リーナからの連絡で、今日の午前中に達也が巳焼島で魔法の開発をしていた事は深雪も聞いていた。何の魔法かは教えてくれなかったが、それが簡単な魔法では無いという事は深雪も理解している――それがまさか、新たな戦略級魔法だとは、さすがの深雪も考えつかなかった。

 

「(達也様がお創りになられるのですから、きっと重要な魔法なのでしょう……)」

 

 

 そう自分を納得させては見たものの、やはり寂しさは拭えない。同じ家で生活していながら、深雪は達也の現状を詳しく把握出来ていないのだ。それは仕方がない事ではあるのだが、深雪にとって「仕方がない」で済ませられない問題でもあった。

 

「(お兄様の妹から達也様の従妹に代わってから、なんだか弱くなった気がするわね……)」

 

 

 妹という立場だった時と従妹という立場になった時とでは、寂しさを覚える時間が長くなったような気がすると、深雪は中学一年の夏から感じていた切なさとは別の思いを懐くようになっていた。

 

「(達也様と結婚できる、永遠に一緒にいられる立場になったというのに、私って自分で思ってた以上に強欲だったのかもしれないわね)」

 

 

 達也が自分に何も言わない事は何も聞かないというスタンスを取っていた深雪ではあったが、今はより多く達也の事を知りたいという欲求が彼女の精神を支配していた。それが達也の邪魔をするかもしれないという思いが辛うじてブレーキをかけているが、そのブレーキもいつ壊れるか分からない程、深雪の思いは膨れ上がっていた。

 

「(水波ちゃんがいてくれれば、気も紛れたのかもしれないわね)」

 

 

 水波なら、自分の思いと共に達也がしようとしている事の重大性を正確に把握しているので、深雪が暴走しかかってもしっかりとブレーキとしての役割を果たしてくれていた。だが今はその水波もこの場にはいない。自分たちを守る為に治らない――と深雪は思っている――傷を負い、今も病室で大人しくしている。

 

「(食事の時、達也様にそれとなく聞いてみようかしら……でも、面倒な女だと思われてしまうかもしれない)」

 

 

 深雪は達也に、自分が必要ないと思われたくないと常々思っている。それは妹から従妹という立場に変わっても同じだった。達也が誰かに依存するとは深雪も思っていないが、自分は達也にとって必要だと思ってもらえるよう心掛けているのは今も同じだ。無論、達也が深雪を不要だと思うはずもないのだが、深雪はその事で慢心することなくしっかりと自分を律し続けたのだ。

 

「(もし達也様が言いにくそうにしたら、すぐに謝って話題を変えましょう)」

 

 

 結局そう結論付けて、深雪は立ち上がり夕食の準備を始める事にした。水波がいたころは達也の世話を取り合っていたが、今は自分しか達也の世話をしようとする人間がいないので、その点だけは深雪は幸福だと思っていた。

 

「(こんな事思ってたら、水波ちゃんに失礼だけどね)」

 

 

 そう皮肉めいた笑みを浮かべながら、深雪は手際よく調理を進めていったのだった。




いろいろともどかしいんでしょう

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